第190話 いこくのせんれい

 モペアの案内で、陸地に向けて海亀が進む。

 どのぐらいの速度で進んでいるのかわからないが、モペアが言うにはかなり遅いそうだ。

 急ぐ旅でもないのでのんびりと、陸地を目指し進むことにする。

 やることは変わらない。海水浴をしたり、空に鳥が飛んでいたら撃ち落としたりと、いつも通りだ。

 ちなみにクローヴィスを呼んだところ「今度、漂流するときは、もっと早く呼んでよ」なんて言っていた。

 皆、漂流について誤解していると思う。

 数日が過ぎて、はっきりと陸地が見えてきた。


「すっごい!」


 最初にその光景を見たミズキが感嘆したような叫び声をあげた。

 確かにうっすらと見えていたときから気になっていたが、深い森の中に、白く細長い建築物が2本立っている姿は幻想的だ。


「この辺りは小さな島ばっかりだよ。あの島は大きいほうだよ」

「ヨラン王国に比べれば、南方にある国は小国ばかりなのです」


 モペアもヌネフも詳しい。

 このまま進めばはケルワッル本神殿がある島へとつくらしい。目の前に見える白い建築物の一つは、ケルワッル本神殿、そしてもう一つはかって魔王が復活したという柱だ。


「といっても、あたしだって、あんまり詳しいこと知らないんだけどさ」


 モペアとヌネフの話で十分な予備知識は得た。あとは現地に行ってから人に聞けばいいだろう。

 ネットで検索というわけにもいかないので、知りたいことがあれば人に聞くしかない。

 海亀にのって陸地を目指し進んでいくと、船に出会った。

 小さな三角マストの漁船だ。網を投げていた。


「何者だい、あんたら」


 恐る恐る、遠巻きに近づいてきた漁師に声をかけられる。


「乗っていた船が沈没してしまいまして……、海亀に乗って陸地を目指してきたんです」

「沈没した船なぁ」


 漁師は訝しげに、オレ達の乗っていた海亀を見る。

 改めて見直すと、そんな風には見えないかもしれない。

 特に漂流しているような感じではないのだ。

 なんだかんだとウンディーネとサラマンダーに頼んで、毎日シャワーを浴びていた。服だって頻繁に洗濯している。その上、海亀の上に乗っている馬車は増改築を繰り返していて、原形をとどめていない。ちょっとしたコテージ風になっている。

 こうやって見ると、確かに漂流とは無縁な感じだよな。

 遊んでいるとモペアが怒ったのは当然かもしれないと、少し反省。

 最初のコンタクトこそ警戒されていたが、話してみると、漁師は結構いい人だった。

 ノレッチャ亀のことも知っていたので、海亀に乗ってきたという話には驚くことなく、陸地まで案内してもらえた。

 漁師の船に引かれて順調に海亀は進む。

 案内された場所は小さな漁村だった。

 天日干しされた魚などが、背の低いテーブルの上に置いてある。

 小さな子供が浜辺を走り回って、やや褐色の人々が遠巻きにこちらを見ていた。

 どことなくハワイアンという感じだ。

 頭に花飾りをつけている女性が多い。


「ちょっとだけ、このあたりで待っといてくれ」


 漁師は船から降りると、腰まである海面をジャブジャブと進み、乗っていた小舟を押し込むように砂浜へとつける。そして、どこかへ走り去っていった。


「雰囲気いいよね」


 ミズキが言う通りだ、なんだかんだと言ってのんびりした平和な雰囲気がいい。

 村長らしい男が歩いてきた。

 彼は少しだけ……いや、かなり警戒していた。

 少し言葉を交わして、なんとなくわかる。

 別にオレ達にどうこうするわけではなく、元々よそ者をあまり入れたくないようだ。

 それならそれでしょうがない。

 あの白い塔を目指して進む予定だと伝える。

 砂浜に簡単な地図を変えて説明してくれた。この村から出て道なりに進んでいけばすぐに着くらしい。

 すぐと言っても、この世界の人らしく、ずいぶんとのんびりした感じで、1週間程度はかかるのだとか。


「参考になりました。ありがとうございます」


 先程の漁師と村長にお礼を言ってすぐに出発する。別れ際に、干し魚をくれた。オレが美味しそうだなと見ていたのがバレていたのかもしれない。

 海亀は、飛翔魔法にずいぶんとなれたようで、軽やかにすすむ。完全に浮かず手足が地面に余裕を持ってつく高さをキープしている。

 だが、進む速度は歩くよりもはるかに速いことから飛翔魔法をつかっているとわかる。

 ロバは、久しぶりの地面にはしゃいでいるようで、そんな海亀の周りをくるくると動きながらついてきている。

 木々が生い茂る道をいく、ギリアやその後に通った道とは違い、深く深く生い茂った森の中にある道だ。周りの雑草の背丈も高い。

 ジトッとしている。気温も、湿度も高い。海の上では薄着だったが、この森でも同じように薄着で大丈夫だ。

 南方に来たという感じがする。そして、ジャングルと呼ぶにふさわしい生い茂った木々の中を進む。

 ところが、進むうちに違和感を覚えた。

 蚊が増えてきたのだ。


『パチン』


 プレインがいい音を立てて、自分の肩を叩く。


「蚊っスよ」

「なんかさ、やたら蚊いない?」


 ミズキも自分の腕を叩きながらぼやく。

 悠長に言っていられない。

 親指の爪ぐらいある蚊が沢山だ。何とかせねばならない。

 慌てて服を取り出し、みんなに渡す。


「とりあえずこれで、露出を減らそう」

「マジで、洒落にならんぞ。コレ」


 皆で考え込む。そんな話の途中でも、パチンパチンとそれぞれが蚊をたたく音が響く。


「ちょっと海亀を止めてもらえますか」


 そんな中、カガミが何かを思いついたのか、御者をしているピッキーに声をかける。

 ピッキーが海亀の後頭部をパチパチと叩く。ドスンと音を立てて、海亀はとまり大きな欠伸をした。

 止まったことを確認すると、すぐにカガミは魔法を唱える。


「何の魔法なん?」

「壁を作る魔法で、この海亀の周りを覆いました。あとは……」


 続けて何かの魔法を使う、ぴりりと痺れが走る。


「成功したようです。しびれ雲の魔法をほんの少しだけ使ってみました」


 カガミは地面に落ちた蚊を拾い上げ笑う。


「ナイス機転」

「なるほど、カガミ氏はすごいな」

「でも、また蚊は集まってくると思います。思いません?」

「そうだな……目録を当たって殺虫の魔法か、それっぽい魔法を探してみよう」

「とりあえず今日はこの辺りで少し休まない?」


 少し早いが森の中で一日を過ごすことにする。漁村での話でもまだまだ森は続くのだ。急ぐ必要はない。


「なんてことだ。異国の地にて、かような洗礼を受けるとは……」

「アハハ、あんまりリーダ困ってなさそう。でもさ、手強いよね、蚊」


 ヨラン王国から外へ出て、異国の地での初日は魔物でもなく、黒騎士でもなく、蚊に襲われて1日を終えた。

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