第十二章 秘密に迫り、秘密を隠し
第189話 かいてきなひょうりゅう
最初は一面見渡す海でとても焦ったものだ。
だが、なんだかんだと快適な生活にどうでもよくなってきた。
海亀の甲羅の上での漂流はとても快適だった。
漂流についてイメージしていたのは、限られた資源でのサバイバル。なくなる水、食料、そして抜けない疲労。
実際、元の世界ではそうだったのだろう。
ただし、この世界ではそうとは限らない。
「リーダ様、こんな感じでどうでしょうか?」
「上出来だ。これで雨風はふせげるな」
とりあえず雨をしのぐために馬車を取り出し、亀の甲羅の上に乗っけた。動かないようにと、ゆか板に固定する。それから、それでは狭いので、馬車を壊して拡張していった。
すでに馬車の面影はない。ゴテゴテした小さめ木造一軒家といった感じだ。
トッキーとピッキーは日々工夫を凝らして快適に改造と増築を続ける。
本来、簡単に手に入らない飲み水は、ウンディーネに頼めばすぐに手に入る。
火が欲しければサラマンダーに頼めばいいし、食べ物が欲しければ、釣りをしたり、ごくまれに飛んでいる鳥を狩る。ノアに頼んでカロメーを作って貰うこともある。その上、オレの影の中には色々なものもある。
まったく困らない環境での漂流は、海上にある別荘の暮らしとさほど変わらず快適だ。
「陸地はどこなんだろ?」
「このままだとまずいかもしれないと思います。思いません?」
最初こそは、皆、こんなことを言っていたが、もう誰もそんなことは言わなくなった。
「ノアノア、こうやって泳ぐんだよ」
海にプカプカと浮いたミズキが両手を振りながら、ノアに呼びかける。
クイットパースで買った船乗りの服は水着に早変わりした。
せっかくだからと、泳ごうということになって、皆で泳ぐことにした。
溺れたら、ウンディーネに助けてもらえばいいしな。
「一応、海面に魔法の壁を作っておきましょう、足が着けば何とかなると思うんです。思いません?」
獣人達3人も、そしてノアも泳げなかったので、カガミとミズキが泳ぎの指導をすることになった。
せっかくのチャンスだ。
陸地を探すのは、泳ぐのに飽きてからからでいいだろうということになったのだ。
「リーダ。あのね、ここから、あっちまで泳げるようになったよ」
ノアがいつの間にか立ち泳ぎができるようになっていて、プカプカと海に浮かびながら両手を振っていた。
ちなみに、ノアが「あっち」と指さす場所にはハロルドが犬かきしながらグルグルと回っている。
「あと少し、あと少し」
手を叩き声をかけるカガミに向かって、トッキーとチッキーがバタ足でゆっくりと進んでいる。
ピッキーは1足早く泳げるようになって、先程亀の周りを一周していた。
プレインもピッキーの横で並ぶように一周する。
「ピッキー、なかなか上手く泳ぐな。才能があるんじゃないか」
サムソンがそんなことを言っている。
確かに、数日前は泳げなかったピッキーが、いつの間にかプレインと並んで泳げるぐらい上手くなっていた。
兄弟と言っても泳ぎの才能に差があるのだな。
ちなみにオレは、ずいぶんと久しぶりの水泳だった。
これを機に、もっと泳げるようになろうと思い、すこしだけ頑張ってみた。
そうしたら50メートルぐらいは楽勝に動けるようになっていた。いつの間にか体が鍛えられていたようだ。こちらの世界にきてから、走ったり飛んだりしているので、そのせいだろう。
調子に乗って泳いでいたら、足をつったので、今は寝転がって日向ぼっこだ。
このまま日が沈めば、空一面に星が広がる。
こうしてみると、空に浮かぶ巨大魔法陣……天の蓋は、邪魔だ。
いつも、大きく動かずきらめく巨大魔法陣は、星空鑑賞の邪魔になる。ノアに対する呪いの元凶という意味でも、あまり見たくない。ノアにとっては、オレ以上に見たくないだろう。
だから、空のことはあまり話題には出さない。ノアも、オレ達も。
空の話題といえば、鳥が飛んでいるとか、その程度だ。
だが、今日は違った。
「あれ、なんだろう」
空を指差し、ミズキが声を上げる。
示した方向を見ると、船が浮いていた。
一隻だけではない、何隻も何隻も帆船が浮かび飛んでいた。
随分遠くの方を飛んでいるようだ。かろうじて、ちょこまかと動くオールが見える。
その船は白い光を撒き散らしながら、ゆっくりと進んでいた。
「飛空船だ。おいら、吟遊詩人さんのお歌できいたことあります」
バシャバシャとバタ足でオレ達の側にやってきたピッキーが、目を輝かせて言う。
「あれが、飛空船か。それにしても大船団だな」
「あれはぁ、きっと勇者の軍ね。多分、各地のぉ本神殿を巡る旅の途中なのねぇ」
ロンロが声を上げる。
勇者の軍……そういえば前に聞いたな。魔神を討伐するための軍隊で、世界中から優秀な人を集めて作られている一団だったはずだ。
「へー、あの飛空船に勇者が乗ってるわけですね」
「ファンタジーって感じできれいだよね」
手を振ってみる。
「おーい」
漂流中ということで、助けてって意味合いをもって手をふるのだが、なんとなく真剣味が出ない。
周りを見回しても、手を振っているのは、オレとノアにピッキー……あとは申し訳程度にロンロが振っている。
そうだよなぁ。全然困っていないし、助けを求める気はサラサラないよな。
結局、勇者の軍と思われる飛空船団はしばらく見えていたが、遠く離れ、見えなくなった。
「ところで、勇者の軍って、何で世界中を旅してるんスか?」
「そうねぇ……」
ロンロが言うには、勇者の軍というのは魔神が復活するまでの間、各地を巡って魔物を討伐したりするらしい。これには、勇者の軍に所属する者達が、戦闘経験を積み、魔神討伐に備えて力を蓄えるのが目的としてあるそうだ。
ということは、あの船の行き先には何かがあるということになる。町か魔物かしらないが、陸地がある可能性は高いと思う。
「さて、そろそろ、陸地を目指さなきゃいけないよな」
「まぁ、最初からそうだと思うんですけれども……」
「リーダはどこに陸地があるか分かるの?」
残念。わかるわけがない。
「分からない。まっ、しょうがないか。そのうち着くだろ」
「今日は鳥が飛んでなかったから、お魚だね」
食事は魚が多い。
先日は漂流してきた椰子の実をみんなで分けて食べた。
魚は、亀の甲羅の上ではなく、漂流物で作った筏2号機の上で焼いて食べる。
満天の星空の下で、魚を焼いて食べるのはなかなか。
たまに刺身を食べることもある。黄昏の者スライフを呼び、捌いて貰う。なかなか有能な板前だ。だけれど、魚の内臓はあまり好みでないらしい。
大した情報を貰えることはなく、海の底にある貝を捕ってきてくれる程度だ。貝は焼いてレモンを搾って食べると絶品だった。
次の日も、そのまた次の日も、のんびり過ごす。
オレは、寝っ転がって日向ぼっこする。
サムソンとプレインは釣りをしている。
陸地を探す努力もせずに何をやっているのだろうと自分でも思うが、快適なので、別にいいだろう。
「昨日の話じゃないですが、そろそろ陸地を探す方法を考えるべきだと思うんです」
カガミがオレの側まで泳いできて言う。
「そうだけどね。どっちにしろ身を隠せって言われてるしな。このまま海上にいれば身を隠しているのと同じ事だろう」
「それは……そうですけど」
水中めがねの魔法を作ったり、水中で呼吸できる魔法を探し出し、かなり海水浴を楽しんでいるカガミが陸地を探す提案をするのは意外だ。
「オレも、そろそろ肉食べたいし、明日から陸地を探そう」
そんなことを言ってはみたが、やはりダラダラ生活は続いた。
言い出しっぺのカガミも、より深い場所を快適に潜る魔法を見つけたとかで、陸地探しはほったらかしになった。
日々を、ダラダラのんびりと過ごすある日のこと、いきなり背中を蹴り飛ばされた。
海にたたき込まれ、誰が蹴ったのかと振り返ると、モペアがいた。
「いきなり蹴るな」
「港でいつまで待っても来ないし、遭難したって噂を聞いたから心配してたのによ」
よく見ると少し涙目だ。心配してくれていたのか。
「……ごめん、連絡するのを忘れてた」
「なんだよ、みんなして遊びやがって」
「遊ぶ? いや、オレ達、漂流してたんだよ」
「何が漂流だよ。皆、遊んでるじゃないか」
モペアの言葉を聞いて、ふと見回すと確かにみんな遊んでいた。
「あれ……モペア、そういえばいなかったよな?」
「そりゃあね。本来あたしは海には出ないもん。いつも森の中さ」
そうだ。船には乗らなかったんだ。
「あれ? どうやってきたんだ?」
「大タンポポの綿毛に乗ってヌネフに風で運んでもらったのさ。皆がここで遊んでるって、ヌネフから聞いてさ」
「そうなのです。ノアに頼まれてモペアに伝言したのです。リーダ達はいつでもどこでも楽しく過ごすのですよ……と、頑張って伝えたのです」
「あれ、そうしたら陸地って近いのか?」
「あっち」
モペアがオレから見て左側を指差す。
指さす方をみると、うっすらと白い縦線が2つ見えた。
「陸地があるのか?」
「見えるだろ。白い二つのやつ。一つが魔王の塔。そして、もう一つがケルワッル本神殿、別名、空に踊るつぼみの都市ケルワテ」
「ごめんなさい、モペア。この海亀だと、どのくらいかかると思います?」
「2日ぐらい、この亀が泳いでいけばつくんじゃないか」
陸地が近いのか。せっかくの機会だ、陸に上がることにしよう。
皆に提案し了解を得る。
「海亀さん、お願いね」
ノアがペチペチと甲羅を叩いてお願いする。
それに反応し、海亀はグッと方向を定めスピードを上げる。
さて、そろそろ上陸だ。
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