第188話 閑話 消えた足取り、残した足跡(クイットパース領主の視点)

「なんと、あの者達が呪い子の一行だったというのですか?」


 私は大仰に、王都からの使者へと返答する。

 詳細はわからないがギリアにいた呪い子は姿を消したそうだ。

 もっとも、詳しく聞く気はない。


「気づいてなかったのかね。いやはや、まったく……」


 使者は私に対して小馬鹿にしたように溜め息を漏らす。

 だが、私は全てを語るつもりはない。

 目の前にいる使者は、何らかの目的を持っている。

 それはそうだろう。この使者は呪い子ノアサリーナについて聞きに来たのだ。

 王都から遠く離れたクイットパースまで。

 私が何も知らなかったという答えを聞いて、残念がっていた。


「このクイットパースには多くの人が訪れますので……」

「ところで、南方に行ったということだが?」

「これもあまり詳しくは聞いてないのですが、できるだけ早く乗れる船を探していたようです」

「なるほど、だが長期間船に乗るというのに、身元の確認をしないというのは?」

「ロウス法国の特使としての印を持っていたのです」

「特使の印か。それでそこまで詳しく調べてなかったと、先程の話に繋がるわけか」


 よかった。私がノアサリーナの存在に気がつかなかったことに懐疑的だった使者は、一応納得してくれたようだ。このまま知らぬ存ぜぬを通したいものだ。面倒ごとは沢山なのだ。


「さようです。しかも彼らは船に乗るために、お金で船の一区画を買い取って乗船した次第でして……やはり、あれほどの大金を積まれると船乗りとしても、まー迎え入れないわけにはいかなかったのでしょうな」

「呪い子達は国外に出たということか」

「そのようですな。それにしても、あの呪い子はギリアの領主が抑えていたのでは?」

「そうだな。抑えきれなかったとそう思っておくがいい」

「かしこまりました」


 やはりだ。

 助かった。

 王都はギリアの次は私に、呪い子の足止めを命じるつもりだったのだ。あのまま漫然と放置して居着かせてしまっていたら、足止めせざる得ない状況になっていたに違いない。

 あとはこの使者の相手を淡々とこなして、ロウス法国の姫君からの船を迎えねばならない。

 姫君自身が乗ってはいないが、これから何隻も続くという噂もある。今後の事を考えると、大事な案件だ。王族とのつながりが持てる可能性もある。失敗は許されない。

 言質を取られないように、無能だと蔑まれても笑顔でいるように、気をつけながら使者の相手をする。


『トントン』


 淡々と、使者の質問に返答をしていた時だった。部屋の扉がノックされる。


「入れ」


 官吏の1人が青ざめた顔でツカツカと入ってくる。


「ドロチドロス様、大変でございます。南方で……」


 このアホが!

 よりにもよって南方の話を使者の前でするとは。

 ところが当の官吏は、その様子に全く気付かないように私の方へ歩み寄ってくる。

 だが、何だ?

 何が起こった?

 この官吏は何を伝えに来たのだ?

 もしかして、あの呪い子が何かしでかしたのか……。


「何かあったのかね?」


 王都の使者は、私を一瞥し、官吏に問いかける。

 官吏はそこで初めて、客人がいたことに気づいたようで、青ざめた顔で私を見た。


「走ってきたのであろう。息も乱れている。すこし落ち着き、しっかりと答えたまえ」


 内心の焦りを気取られないように、私は努めて微笑を維持して管理へと声をかける。官吏が落ち着くため、そして、私が落ち着くための時間稼ぎだ。


「それだけ大事があったということだな?」


 使者は、官吏へと続けて声をかける。

 私は官吏へ頷き、先を促す。


「南方の海に白魔ピデドモが現れました。武装した商船を一隻ほど犠牲にして、何とか船団は離脱できましたが……被害は甚大です」

「白魔ピデドモ?」

「クラーケンです。それで……続けたまえ」

「11隻中1隻が沈没。7隻が破損しております。沿岸の港で、一旦退避応急処置中ですが、設備が整ってなく、急ぎ救助が必要な状況です」


 白魔ピデドモ……およそ300年前、王都の軍隊が、なんとか撃退したというクラーケンだ。その悪名は、ここクイットパースに留まらず、南方でも広く知られている。

 当時の報告を見る限り、撃退したというよりも、外洋へと誘導したらしい。その過程で、多くの船乗りの命が失われ、この国の海軍も多大な被害がでたそうだ。

 埃を被った手配書には、討伐をした者には、王より直接のお言葉と金貨1万枚、及び爵位が授けられるむねの約束がなされたものがあった。

 300年以上時が経つというのに、当時の話は、船乗りをはじめクイットパースの人間なら誰でも知っている。それだけ、強大な存在だったということだ。

 白魔ピデドモが出たということは、前回出現したときの経過から推測する限り、軽く10年は南方への交易が著しく困難になる。

 官吏として青ざめるのも当然だろう。しかも船も大きく破損したと聞く、今すぐに手を打たねば、船が使い物にならなくなる。すなわち数多くの商会が大損害を被る。

 それはこのクイットパース領にとっても損害になる。

 放置すれば、多くの船乗りが職を失い、多くの商会が潰れるだろう。

 私は使者に、白魔ピデドモのことを説明し、至急の応援を要請する必要に迫られた事を伝える。先程まで呪い子一辺倒だった使者も事の重大さを理解したようで、すぐに戻り王都にて対応を検討することについて約束してくれた。


「願わくば、早急に北の軍港から船を手配してもらいたいと考えております」


 考えてみれば、官吏が、使者の前で報告したことも結果的に良かったことになる。

 私が緊急の対応を命じていたとき、続いて、もう1人別の官吏が入ってきた。


「ドロチドロス様」


 もう一人の官吏は、比較的落ち着いていた。使者のことも目に映っていたようで、丁寧にお辞儀をして私の名前を呼び、返答を待っていた。


「至急の……例えば白魔ピデドモの用件かね?」

「左様です。白魔ピデドモの続報が入りました」

「続報?」


 もしかして、追撃により船団が全滅した?

 最悪の事態を想像する。

 白魔ピデドモの行動原理はよくわかっていない。いたずらに船を破壊して遊ぶ習性があるのではないかと推測されているだけだ。つまり奴にとって我々の船はただのおもちゃ程度のものかもしれない。

 ところが官吏の報告は、私の予想を遙かに上回ることだった。


「白魔ピデドモの死体が発見されました」

「はひ?」


 一瞬理解ができなかった。

 報告に時間的な差があるのは当然だが、遭遇し、それから殆ど時をおかずに討伐された?

 何が起こっているのかさっぱりわからない。


「白魔ピデドモの死体と言うと、誰かが討伐したということかね?」

「詳細は、わかりません。ただ襲われた翌日、念のために物見が遭難者の救助と様子を確認に向かったところ、本体の半分がなくなった、白魔の死体が浮いていたということだったのです」

「ふむ。ところで遭難者の中には例の魔法使い達がいたのかね?」

「いえ、確認できている者の中には、いません。行方不明ということになります。ただし、直接沈められた船の一隻が、あの魔法使い達が乗っていた船であることから死んだのではないかと思われています」

「下がれ」


 一通りの報告を聞いていて、手を振り官吏を下がらせる。

 王都の使者は無言で考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「もしや、あの呪い子と奴隷共がやったのか?」


 そうだ。あの船にある装備人員でそんな途方もないことができる者はいない。

 力量が計り知れない呪い子と従者……奴らの手によるものというのが可能性として高い。

 それから、少しだけ言葉を交わし、使者は王都へと戻っていった。

 助かった。

 これでクイットパース領はまだまだ安泰だ。呪い子もおらず、新たな懸念材料になりかけていた南方の白魔ピデドモは倒された。

 領主の部屋から外を見る。

 夕日に照らされた我が町クイットパースの港が見える。我らが自慢する多くの船団が、そこからは見える。

 その景色を見ながら、私は茶を飲み考える。

 帰り際にかわした使者との会話を思い出す。


「呪い子と奴隷共が、白魔ピデドモを殺したのだろう」

「つまりは、呪い子と従者は、例えば……そうミランダと同格と考えるべきなのでしょうな。その実力は計り知れぬという点においては……ですが。いやはや、途方もない」


 力ずくでなんとかしようとせずに良かった。彼女らにはある意味感謝しかない。


「だが、白魔ピデドモを仕留めた者が、呪い子である可能性については言わぬように」

「心得ております。この町の官吏にも、商業ギルドの者にも、他言無用と申し付けておきます」

「そうだな、それが良い」

「しかしながら……」

「何かね」

「南方にて起こったことです。南方の住人までは口止めできません。それに、いずれ誰がやったのかという話になるでしょう。人の口には戸は立てられません」


 そうだ、そうなのだ。

 我らがいくら秘密を守ったところで、白魔ピデドモと呼ばれたクラーケンを倒した存在について、誰かが語ることになるだろう。

 このクイットパースで、ノアサリーナは随分派手にやらかしていた。

 巨大な海亀を買い取り、造船所で多くの職人を集めた。町のあちこちで、大金を使っていた。はたまた酒場で踊り、魔法を使い、人々を驚かせたという報告もある。

 だからこそ、王都の使者もやってきた。

 結局、また足取りが追えない状況にはなったが、王都がクイットパースにノアサリーナがいたことを把握できる程度に、存在感を振りまいていたのだ。

 いずれ誰かが、白魔ピデドモの討伐とノアサリーナを結びつけるであろう。

 そうなってしまえば、彼女らは南方で英雄だ。

 呪い子ではなく、ノアサリーナという英雄を称えるようになるであろう。

 ま、私には関係がないがな。

 私はそこで思考を打ち切り、次の課題であるロウス法国の船について考えることにした。

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