第187話 いかめし

 残念ながら、クラーケンに軍配が上がった。

 オレ達は波のトンネルを抜ける直前、近くの海水ごとクラーケンに飲み込まれた。

 ややきつめの匂い。潮とドブ水の匂いがする空間だ。

 外がうっすらと見えて、青空が広がっているのがわかる。

 ひどく分厚いビニールハウスから外をみているようだ。


「あとちょっとだったのにね」

『ゲェコ』


 ウンディーネが申し訳なさそうに小さく鳴く。


「しょうがないっスよ」

「そうそう、あれだけ図体の大きさが違うんだからさ」


 今いるところは巨大イカの腹の中。

 海亀に乗ったまま小さな水たまりのようなところに浮かんでいる。

 小さなと言っても、この海亀10匹は入るぐらいだから、それなりに大きい。

 海原に比べれば小さいという意味だ。

 周りを見ると何らかの残骸が浮かんでいる。骨もチラホラ。大抵は魚の骨……あとは考えたくないがおそらく人の頭蓋骨。


「さて、これからの事を考えないといけないと思います。思いません?」

「このまま待って、次に口を開けた時に一気に脱出するってのは?」

「いつ口を開けるのかわからないし……吐き出され方が……厳しいと思います。思いません?」

「レーザーみたいに圧縮して吐き出されたら、無事じゃすまないかもな」


 そう考えると、時間がない。穏やかに吐き出される予想ができない。


「なんだかぁ、あの魚の骨とか少し溶けてるよねぇん」


 皆がうすうす気付いていたことを、ロンロが指摘する。

 確かにそうなのだ、周りに浮かんでいる残骸や頭蓋骨、それは完全な姿をしていない、どこかしら、溶けている。

 これから消化液が流し込まれて、溶けてしまうかもしれない。


「消化され、溶けるか。クラーケンにとっては、あんがい美味しい餌あつかいかもな」

「とけちゃうの?」


 オレ達の言葉がわかるのか、海亀がギュッと首を出してこちらの方を見る。

 そうだよ、お前が最初の犠牲者だ。

 なんて冗談を考えたが、洒落にならないので言うのは止める。


「それにしても」

「それにしても?」


 皆が期待のこもった目でオレの呟きを反芻する。


「オレ、いか飯が好きなんだよ」

「イカメシ……でしたか」

「えーと、それで?」

「いや、なんかクラーケン……イカの体中に詰め込まれるって感じがさ、いつの間にやらオレ達、いか飯の具になっていたなんて」

「やれやれ」

「何か解決策を考えついたのかと思ってたっス」

「期待して損しちゃった」


 体の中に取り込まれるなんてな。昔、絵本でクジラの腹ん中に閉じ込められて潮吹きと同時に外に出たなんて話を聞いたことがあるが……イカは潮は噴かないしなぁ。

 うーん。

 どうしても、現実感がもてない。

 いや、いままでもそうなのだけれど、巨大イカの腹の中なんてのがなぁ。

 お伽噺で、鬼に丸呑みされた……あれ、なんの話だっけ?


「このままさ、体の内部から、こいつを破壊しないか?」


 そうだ。お伽噺や童話で悪者に飲み込まれたときは、大抵体内で大暴れするものだ。


「方法はどうするんだ?」

「魔法でクラーケンの腹にでっかい穴を開けて、そこから外に出る。外に出たらもう一回、ウンディーネに頑張ってもらおう。もちろん海亀にもな」

「そうだな。よくよく考えてみれば、口を開けるのを待つ必要はないか」

「それでさ、何の魔法を使うのさ?」

「一番攻撃力のある魔法だ」

「火柱の魔法でしょうか?」

「そう……火柱の魔法だ。おそらくあの魔法が、オレ達の使える魔法の中で、最も強い魔法だと思う」


 オレ達が屋敷から持ってきた本の中には、もっと破壊力がある魔法があるかもしれない。だが、それを調べるには時間がかかる。

 このクラーケンの腹の中、何が起こるかわからない。

 今思いつくもので進めるのがいいだろう。


「確かに、あの魔法が一番だと思います」

「オレ達の使える魔法で、最も強い魔法をフルパワーでぶっぱなす」


 一撃で決めることができれば、それに越したことはない。

 分かりました。


「だったら、皆で一つの魔法を唱えたほうがいいな」


 なるほど、ゴーレムを作った時のように、皆で詠唱すればいいか。

 攻撃魔法を、皆で集中し唱えたことはない。


「威力だけを考えるなら、火柱の魔法に触媒も使いましょう。魔力を効率よく破壊力に回せると思います。思いません?」


 詠唱のみで実行するよりも、触媒を使うか……これも、攻撃魔法で実行したことがない。

 だが、他の魔法での場合と一緒であれば、破壊力は段違いになるな。


「確かに。今回は、下手にしくじってクラーケンを刺激するより、一撃でクラーケンを倒すレベルの威力が欲しいわけだし、触媒も使おう」


 すぐに作業に取り掛かる。さらに火柱の魔法をすぐ側で起動させたくないので、トッキーとピッキーに簡単なイカダを作ってもらう。

 そして、その上に魔法陣を書く。

 加えて、魔法陣の上には、触媒用の炭にルビー。

 魔法陣と魔法陣を繋げる線は、ロープに線を引く。魔法陣を書いた簡易的な筏に繋げるように、ロープを張る。そのロープに描かれた線は、起動の魔法陣と繋がる。


「なんだか、天井が下がってるわぁん」

「下の水が、白く濁ってきてるでち」


 ひょとして消化が始まっているのかもしれない。急いだ方がいいだろう。

 サムソンに急ぎ魔法陣のチェックをしてもらう。

 元々布に描いた魔法陣を貼り付けただけだ、起動用と実際に火柱の立つ魔法陣が繋がっていれば大丈夫なはずだ。


『ゴッゴッゴッ』


 地響きににた音が、規則正しく、くぐもったように響く。


「時間がなさそうだ。始めよう」


 火柱の魔法陣が描かれた筏をふわふわと並べて浮かべ、軽くミズキが槍でつついて引き離す。そして、起動の魔法陣にみんなで手をついて詠唱する。

 せっかくだ、ノアにも参加してもらおう。

 上手くいけば最高破壊力。だめだったら、他の魔法と同じように起動しない。

 大丈夫だ。ノアは魔法が上達している。

 最悪、魔力が暴走してうまくいかなかったとしても、今度は俺達5人でやればいい。

 せっかくだ。思いつく限りの最高破壊力で決めたい。

 詠唱するノアの背中が輝き、光は両肩から両腕を伝い、そして手のひらから、魔法陣へと流れる。

 一緒に詠唱し、魔力を流すオレ達にも、ノアの強力な魔力が感じ取れた。

 その魔力が、魔法陣の中で暴れている感触だ。

 途中からは、魔法陣に魔力を流し込むというわけではなく、ノアの振るう魔力を、オレ達で上手く押さえ込み整えるような感じで詠唱をすすめることになった。

 そして、魔法の詠唱が終わる。


『ズズズ……』


 地響きに似た音がし、大気が震える。


「成功したようだ」


 サムソンが魔法陣から手をはなしつつ言う。

 皆が頷き会う。


『ドォン』


 爆発音がして、巨大な火柱が立った。

 だが、それだけではなかった。

 火柱はいつもとは違い暴れるように左右にうねりだした。


「これ火柱っていうより……」

「火炎の……竜巻!」


 オレ達から見た、火柱は円錐を逆さに……逆三角形の形をとって、ゆっくり左右に暴れるように揺れる。いつも以上の轟音立ててうねるように動く。


「す、すごいっス」


 誰に言われるでもなく、皆がしゃがみこみ目を見張る。


『パシュッ』


 間の抜けた音がして、次の瞬間、光が降り注ぐ。綺麗な青空が見えた。

 火柱の魔法が、クラーケンの体を貫いたのだ。

 だがそれには終わらない。さらに火炎の竜巻は暴れ、クラーケンの体を、どんどんと焼き壊していく。

 それに伴ってパラパラと上から、炭が落ちてくる。

 ボトンボトンと。

 時を置かずに、海水がなだれ込むように入ってくる。


「ウンディーネ、お願い」

『ゲェコ』


 波が起こり、オレ達の乗る海亀を、今いるクラーケンの腹の中から押し出してくれた。

 今度は誰にも妨害されることなく、波に乗りクラーケンから遠く離れることができた。


「あれ」


 ミズキの言葉に、今まで自分達が先ほどまでいた場所をみると、半分近く真っ黒くなったクラーケンだったものがプカプカと海水に浮かんでいた。


「私達がやったんですよね?」


 信じられないようにカガミが言う。

 言いたいことはわかる、とんでもなく巨大なクラーケンの体が半分近く真っ黒になって浮かんでいるのだ。

 自分たちの使った魔法がこれほどの威力を持つとは想像していなかった。

 ともかく、これで、クラーケンの脅威は去った。


「んで、どっちに進めばいいんだ?」

『ゲェコ』

「分かんないっスね」


 ここがどこだか分からない。陸地も見えない、辺り一面、青い海。そして広がる綺麗な青空。一緒にいたはずの船団の一隻も見えない。

 一難去ってまた一難、漂流生活の始まりだった。

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