第177話 みなとまちクイットパース
「これくらいの大きさの馬車がいいと思うんです。思いません?」
大きめの馬車にゆられクイットパースに向かう途中、カガミがしみじみと言う。
今、影の中に入れている馬車は、確かに小さい。
全員で乗ると狭い。
だからといって二手に分かれるより、皆で一緒の方が、何気ない旅も楽しく感じる。
「クイットパースに行ったら新しい馬車を買った方がいいかもな」
「そうっスね」
雑談をしながら、馬車からの景色を楽しむ。進んでいくうちに道は舗装された道になり、馬車の揺れもずいぶん減ってきた。
城壁が見えてくる。
「あれがクイットパースなんですか?」
「そうよ。あれがクイットパースですよ」
「港町!」
馬車を運転してくれていた御者のおばちゃんと子供、2人が声を揃える。
「この辺りは兵士が見回ってくれてるので、平和なものです」
馬車から降りて、クイットパースへと入る。関所で何か言われるかと少しだけ身構える。だが、テストゥネル様から貰ったペンダントを見た兵士達は恭しく礼をして、すぐに通してくれた。
ボディーチェックなども何も無しだ。
ありがとう、テストゥネル様。
クイットパースはとても賑やかな町だった。
「わぁ、店がいっぱい」
「通路も大きいっスね」
ギリアよりも栄えているな。
色々な肌の人、獣人をはじめ、多種多様な人種の人が所狭しと歩き回っている。
店もたくさんあって、目移りする。
ストリギとはまた別の賑やかさがあった。ストリギよりもオープンな印象だ。
町を少し歩いて、驚くべきことがあった。うっすらと船が見える。おそらく相当大きな船だ。
「あれ、すごい、山のような船だ」
「巨人さんの船かも!」
本当だ、かなり遠くにある船なのに、はっきりと見える、とんでもなく大きな船だ。
「とりあえず行ってみません?」
目を輝かせてそわそわしているトッキーとピッキーをみて、カガミが提案する。
「まだまだ時間はあるし、船を見に行くことにしよう」
大通りを歩いて進む。大型の馬車が行き交う様子をみるだけでも楽しい。
随分とたくさんの馬車が走っている。道がとても広いのが印象的だ。あのスカスカのギリアでも、これほど広い道はなかった。
広い道をすすむ馬車には、たくさんのツボやタルなど、雑多な物が乗せてある。恐らくこれらは船に積まれていたものや、船に積み込む荷物なのだろう。
商業が盛んな町という印象だ。屋台などもいっぱいあって、店先にテーブルが置いてあり、色々な人が食べ物を食べている。どれもこれも美味しそうに見える。少しだけお腹がすいてきたので、何か食べたいが、目移りしてしまってなかなか決められない。
「あのさ、リーダ。今回は迷子にならないでね、探せなくなっちゃう」
人を子供扱いするミズキの一言にカチンとくるが、なぜか皆が頷いていた。
「ノアちゃん。リーダが迷子にならないように見張っていてね」
「はい!」
ノアが元気よく返事して、オレの袖をギュッと掴む。
遠くに見える船を目指し、ゆっくりと進む。
「すごいな」
船の近くに来た時、驚きのあまり声が裏返る。
停泊する船を眺める。木造の帆船だが、とても大きくカッコいい。
『ドボドボォ』
オレの見ていた巨大帆船のすぐ近くにある小さめの船から、魚が陸地に置いてある箱めがけてドボドボと落ちてきた。すごいなこの量。
何10匹という魚が箱にはいっていく。ただ、船から箱に魚を詰め替えているだけなのに、迫力があっていつまでも見ていられる。
遠回しにすごいすごいなどと言っていると1人のおじいさんが近づいてきた。
「魚が珍しいのかね?」
「いや。こんなにたくさんの魚を見る機会がなかなかなくて、すごいなと思ったんです」
まるで自分のことを褒められたように、おじいさんは相好を崩す。
「そうじゃろ、そうじゃろ。陸路でやってきたのかね」
「はい、ギリアから」
「ふーむ。ギリアとは随分と遠回りになろうかな」
「そうなんですかね。橋を渡って、それからあのー……テンホイル遺跡に行って、そこから川を下って来たんですよ」
「ふむ、橋なんかあったかいの……確かにあそこに橋があれば、ずいぶん早く着くかもしれんの」
そんなことを言いながら、老人は聞きもしないのに、船の説明などをしてくれる。
あの大きな船はガレオン船というらしい。
元の世界でも聞いたことがある気がするが、その辺はこちらの現地の言葉を、風の精霊であるヌネフが適当に解釈してくれたのだろう。
「んでな、こちらの船は、北回りでアロントット港へ向かうんじゃ。んでな……」
おじいさんは、ゆっくりと歩きながら、港に泊まる数々の船について色々と教えてくれる。他の港へと向かう船は大きく、魚をとる船はやや小さいようだ。もっとも、どの船もギリアやストリギにある船より大きい。
「へー。なかなか楽しいっスね」
「まぁ、船に乗って旅をするのなら、まず予約が必要じゃな。早くても一月先じゃて。今日明日のことにならんからのぉ。宿は決まっとるかね?」
「宿は決まってませんね」
早くても一ヶ月か。もっと頻繁に船って出ていないのか。
少しは滞在しようと思っていたが、一月はちょっと長い。船に乗る以外の事も考えておいたほうがいいかもしれない。
「そうじゃな。うちはどうかね? 宿をやっとんじゃよ」
なるほど。親切にいろいろと教えてくれると思っていたら宿の客引きか。せっかく色々と案内してもらったことだし、今日はこの人の宿に泊めてもらうことにしようかな。
「あてもないですし……」
話を進めようとしていた時に歓声が聞こえた。
「何があったんだろ?」
気になったので、皆で見に行く。
ゴトンと音がして、船から何かが落ちてきた。
青緑色の塊……。楕円形の塊から、にょきにょきと手足……そして首が生えてきた。
亀だ。
そう。見に行った先には大きな亀が上がっていた。
「あれは海亀じゃな」
「すごい大きいですね」
「ありゃ、ノレッチャ亀じゃな」
聞けば南方の方にいる海亀らしい。南方ではこの海亀に乗って漁をする人もいるそうだ。すごい偏食らしく、この辺りに口に合う食べ物がないため、すぐに衰弱して死んでしまうらしい。
数年に一度、こうやって流れ着くこともあるが、食べる物の問題で飼育することはできない。結局のところ、扱いに困ってしまうらしい。
「綺麗に処理された肉や甲羅はとっても高価なんじゃが、残念ながらこの辺には腕の良い職人もおらんから、甲羅も肉もうまくさばけんのがのぉ」
スライフなら何とかできるかもしれないな。
おじいさんの解説を聞き、海亀が首を思い切りのばしてこちらをみた。大きな瞳だ。子供の亀がそのまま大きくしたような印象をうける。
「あれ、この子可愛い」
いつもの調子でミズキが言う。カガミも心なしか目を輝かせているように見えた。
亀はしばらくこちらをみている。
『バン!』
そして、前足で飛ぶようにこちらに近づいてきた。
勢いに驚き、周りを取り囲んでいた漁師達はさっと道をあける。
バタバタと音をたて、勢い衰えることなく接近してきた巨大な海亀は、オレ達を見下ろしパチクリと目をまばたきする。
そして……大きな口をあけノアを飲み込もうとした。
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