第176話 閑話 旅人の残したもの(村人視点)

「メントイル、一体何があったか教えてくれないか?」


 私が川下りを終え、船を引き村に戻る馬車で、隣に座る相棒に尋ねられる。

 そう、私はテンホイル村から不思議な旅人たちをクイットパースの近くまで送っていった帰りだ。彼らは最初に見た時から異様な集団だった。

 旅をしているというにもかかわらず、あまりにも小綺麗な服装、聞いたこともないような魔法を操るその姿。


「そうか」


 そこまでを話したところで、若い頃に、行商人をしていた相棒は納得したように呟く。

 まだ大した事は話していない。私の話を聞いて何を納得したのだろう。


「何が、そうか……なんだ? 私のさっきの話で何か分かったのか?」

「ああ、旅をしてるとたまに出会うんだ。小さな子供だけだったり、老婆が1人だけだったり、着飾った女性だけの集団だったりな」

「すぐに、魔物や、ならず者に襲われそうだ」

「いや、違う。そういうのに限って強力な魔法使いであり、優秀な剣士であり、旅慣れた冒険者だったりするもんさ」

「へぇ、人は見かけによらないんだな」

「ある意味、見かけによるんだ。場違いな見た目の旅人には絶対に関わり合いにならない方がいいって言われる……行商人の常識なのさ」


 少しだけ脅すような口ぶりの相棒に、ごくりと生唾を飲む。彼の経験から来る話はいつだって正しい。今聞いた話も、そうなのだろう。現に、私はそんな集団に助けられている。

 結果的には運が良かっただけなのかもしれない。


「ごめんごめん。今回はいい人達だったってことだな。そんな集団を送っていった……となると、先日に遺跡から現れたトロールは、その人達が片付けたってのか?」

「あぁ。トロールを一撃さ」


 あの時の光景はすさまじかった。森の木々より遙かに高い火柱で、トロールを一瞬で退治した場面を今でも簡単に思い出せる。


「またまた、冗談を。さすがにそれは無いだろう。大抵は、落とし穴に落として、油をかけて火をつけるもんだろう? 町の兵士だって、そうやって倒す」

「いや、本当に、魔法で巨大な火柱を立てて一瞬でトロールを消し炭にしてしまった。すさまじい光景だった」

「そいつは……」

「それだけじゃない! 最初に、トロールを始末してくれた後、村まで案内した。ついでにトロールを片付けてくれるっていうんでね」

「報酬にいろいろふっかけられたろ?」

「いや、まぁ、それはまぁ、後の話として……」

「後の話として?」

「彼らに出会って、言われるまま森の中をテンホイル村までつっきることにしたんだが、不思議なことが次々と起こるんだ。森の植物が勝手に動いて、まるでベッドのように……そう、貴族様が使うようなベッドに姿を変えたのさ」

「そりゃすごい! やっぱりそれも魔法か」


 話している自分でも信じられないような出来事だったが、相棒はすぐに信用し、とても驚いた様子だった。旅をしていて不思議な物を沢山見たといっていたから、きっとこういう話も素直に信じられるのだろう。


「彼らの言ってることがよく分からなかったんだが、おそらく魔法なんだろう。他にも、火打ち石をカンカンと叩くだけでいきなりたき火が始まった。いきなりたき火になったんだよ」

「火をそだてて、たき火を始めたのでなく、いきなりたき火になったっていうことか?」

「そうなんだよ。続いて、瞬く間にカラの鍋に熱い湯を出現させて、スープを作って、ご馳走してもらった」

「そりゃすごい。魔法使いの旅人ってのはすごいんだな」

「しかも、どこから出したのか綺麗なテーブルでの食事だ」

「ははは、そいつは贅沢だ」


 とても楽しそうに笑い相づちを打ってくれる、そんな相棒に私の話はどんどん進む。

 瞬く間に、トロールを3匹あっさりと片づけて、遺跡の中に一緒に入っていった話。

 暗い遺跡を、真昼のように明るくした話。

 巨大壁画の間での、とっさの行動。

 そのどれもに「そりゃすごい!」と感嘆の声をあげる。


「そういうわけで、一緒に遺跡を見てもらい、続いて遺跡の発掘部分も全部歩いてもらって、その途中見つけたトロールはみんな始末してくれたっていうわけさ」

「へー、んで結局どれぐらいふっかけられたんだ?」

「それがね。まぁ、お礼の代わりに、クイットパースまで、川下りをしたいっていうんで、できる限りの案内をしたってわけさ」

「川下り……遺跡の……あぁ、そういうことか。トロールの騒ぎがあったばかりなのに、のんきに川下りを再開させたってんで、わけが分からなかった。疑問が晴れたよ」


 納得したように、相棒が背を伸ばす。

 そうだな。確かに、3日前に、トロールが現れたから兵士を呼びに行く、冒険者の手配を頼むってお願いしたそばから、トロールの騒ぎは解決した、ついでに川下りの話だからな。わけが分からないのも当然の話だ。


「そんなわけだ、それだけでいいって言われたよ」

「欲が無いっていうか、彼らにとってはその程度造作もないってことなのかなぁ」

「ああ、そうかもしれない」

「で、その一団ってのは実際のところ、どんなやつだったんだ」

「小さな女の子を主人とした、魔法使いの一団だ。獣人もいたな。主の女の子は、普通の女の子じゃないのは分かっていたが、村長が言うには呪い子らしい」

「どっかで聞いたことあるな……そういうの」


 私の言葉を聞いて、相棒は腕を組み考え込む。何かを思い出そうとしている様子に、御者の仕事をかわってやって、しばらく答えがでるのを待つ。

 ガタゴトと馬車が順調に進む音が長々と続いたあと、バッと相棒は顔をあげ、私をみる。


「もしかして、それって呪い子ノアサリーナのことじゃないのか?」

「なんだい、そりゃ」


 まるで有名人について語る様子で、私に同意を求めてきたが、その名前は初めて聞く。ずっと私が話をしていたのは、リーダという男性と、カガミという女性だけだった。なんとなく、主人である女の子には話しかけることができなかった。

 貴族的な様子に、直接声をかけられなかったと思っていたが、今になって思えば、呪い子の持つ独特の気配に気圧されていたのだろう。

 私がまったく何も知らないことを悟って、相棒がゆっくりとした口調で説明する。

 まるで大事なことを内緒話で伝えるように。


「ああ、俺も旅人から聞いたから、詳しくは知らないんだが……東の方で話題になってる呪い子だ」

「ミランダみたいな?」

「名が売れているって点では同じだが、なんでも呪い子ノアサリーナには5人の大魔法使いが付き従ってるって言うんだ」

「私が見たのは5人ではなかったけどな」

「まぁ、噂だから、多少は違うんだろう。そして彼女達は、次々と予想の出来ない不思議なことをしでかすらしい。敵には容赦が無く、でかい化け物も一撃で沈めたって話も聞いた」

「それなら、そうかもしれない。だって私はトロールが一撃で潰されるところを見たからね」

「そうだ。呪い子って言えば、ミランダもまだまだこの辺にいるかもしれない。おしゃべりはやめて、気をつけよう」

「そうだな。ミランダは怖いからな」


 そして、村に戻った私を待ち受けていたのは、彼らの残した、想像すらしなかったすさまじい結果だった。


「戻ったか」


 村長が興奮気味に近寄ってくる。何かあったのだろうか。

 続けて村長は言葉を続ける。何かを伝えたくてしょうが無い様子だ。周りの皆を見る限りトロールがまた出現したとか、そんな話ではなさそうだ。


「かの者達は?」

「ええ、私の案内にとても満足してくれたようです。あれほど喜んでいただけるのであれば、案内した私にとっても嬉しいものです」

「そうか。それはよかった。実はな、あの後、遺跡にはいったのだが……」

「はい」

「おびただしい数のトロールの消し炭が残っていた」

「おびただしい数ですか?」

「そうだ。25ではきかない。大量のトロールの消し炭だ」

「え! そんなにも?」

「お前が言っていたように、トロールを一撃で倒すというのは本当のことだったようだ」


 村長も半信半疑だったのは知っていたが、今ではそんな様子ではない。

 それがありありとわかる興奮した様子で村長は話を続けた。


「いや……それどころか、彼らにとってトロールなど大したものではなかったということにもなる」

「それはそれは」


 先ほど相棒が言っていた、造作も無い事という表現が腑に落ちる。


「あの数だ。兵士を呼んだところで太刀打ちできなかっただろう」

「ええ」


 そうだろう。おびただしい数のトロールが出現したとなると、街道沿いの町にいる兵士だけでは太刀打ちできなかったに違いない。クイットパースの領主が軍隊を出すことになっていたかもしれない。

 そんなことになれば、この村はおしまいだった。


「私は……あの者達の主人が、呪い子であることを知って、できるだけ早く立ち去って欲しいと考えてしまった」


 興奮が落ち着いた様子の村長は、一転して消沈した面持ちで言葉を続ける。


「きっと、彼らは、私の考えを読み取ったのだと思う。だからこそあれほど早く逃げるように去っていった。何ということだ。私は自分が恥ずかしい。我が身かわいさに、彼らに十分な礼をしなかった」

「ええ、私もそう考えております」


 私も同じ考えだ。


「いずれ彼らが困った時に、いや、何かできることを私達が知った時、お礼をしないといけない、そう思うのだよ。皆どうだろうか?」


 私に語りかけていた言葉は、やがて村の皆に聞こえるような大声になった。

 そんな皆の同意を求める声に、私は考えるまでもなく答えた。

 村の皆も同じ答えだ。大人も子供も、皆同じ答えだ。


「それは、もちろん。いつか必ず、恩に報いましょう」

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