第178話 おおきなうみがめ

「あぶない!」


 とっさにノアを肩に抱え上げる。走り、距離をとる。


「追いかけてきてる!」


 オレの背中側に頭がきているノアは、オレの背後をみやり声を上げる。

 あんな大きな口で噛まれたらひとたまりもない。


「お嬢様にちかづくな!」


 後でピッキーの声がきこえる。


「あっ」


 今度はミズキの声がする。


『ドン』


 何かが地面にぶつかる音がした。つづいて、ゴロゴロと音がしたかと思うと、目の前に巨大な円形の物体が現れた。亀の甲羅だ。

 側面のエッジを効かせて、まるで甲羅を車輪のようにして、亀が回り込む。

 あわててバックステップで、後退する。

 ところが何かに躓き、転んでしまった。


「リーダ様。申し訳ありません!」


 ピッキーの声だ。先ほど、体をはってとめたくれたのだ。今回は上手くいかなかっただけ。気にしていないということを、掌をヒラヒラと動かすジェスチャーで伝える。

 だが、オレがこけたことで、ノアが地面に放りだされてしまった。

 回り込んだ海亀は……ノアでなく、ノアの持っていた鞄に向けて首を伸ばす。

 鞄が目当てなのか。


「これはダメなの」


 ノアが鞄を引っ張り、亀から鞄を隠して距離をとる。

 鞄を取ろうとした亀のくちばしは鋭く、ばっくりといかれたらノアは怪我しそうだったのでハラハラした。


『パパラパッパラー!』


 そんな時、派手なファンファーレが鳴った。

 何も近くに見えない。いや、あの音は絶対ヌネフだ。

 ふと見ると、亀の甲羅にヌネフがへばりついていた。


「なんだ、なんだ」


 いつの間にか出現したヌネフに、オレ達を興味深そうにとりまいていた人達は驚いていた。ただヌネフは何かをわきまえていたようで、羽は見えない。白くやたらと裾の長いワンピースを着た姿をしていた。スックと立ち上がり両手を挙げてノアを見下ろす。


「ノアサリーナ、この子食わせろと言っています」

「食わせろ?」

「鞄の中に何か美味しい匂いがするらしいのです」

「中に何が入ってるの、ノア?」

「うんとね、ちょっと待って。あのね、たけとんぼと……魔法陣を描いた紙……」


 ノアは鞄の中をガサゴソと探り出す。

 たくさんの小物が入っているようだ。


「食べ物ある? 美味しい匂いっていってるらしいけど」

「あのね、食べ物は、えっとーカロメーとどんぐり」


 どんぐりよりカロメーのほうが美味しい。カロメーか。


「カロメーを一つちょうだい」


 鞄の中に、さらに小さい袋でまとめられていたらしい。鞄を地面において、中から布製の巾着袋を取り出した。袋をあけるとカロメーが入っている。


「カロメー。はい」


 ノアが毎日の日課のように作るカロメーを一切れ貰う。

 それを見た亀はカロメーに釘付けになっていた。ぐぐっと首を伸ばし、ノアが巾着袋か取り出したカロメーを凝視している。

 お腹を空かせていたのか。

 この辺で食べるものがないって言っていたからな。長い間食べていなかったのかもしれない。

 試しにカロメーをひょいっと口元に投げてやる。


『バクン』


 大きな口を開けて、パクリと一飲みに食べた。

 のそのそと近づいて、口の先で、巾着袋をつつく。さらにくれと言っているようだ。

 その様子に、ノアは笑顔になる。


「いっぱいあるから食べていいよ」


 そう言ってノアが二個三個と一個ずつ投げる。


「一個一個じゃラチがあかないから全部食わせろって言っているのです。ケチケチせずにまとめてぶん投げるとよいのです」

「この大きな体に、それだけじゃ足らないのかもしれないね、とりあえずある分全部あげたら?」

「うん!」


 残り十切れぐらいあったカロメーを豪快にぶん投げる。海亀は大きく口をあけて一口で食べてしまう。

 餌をくれたノアを気に入ったのか、頭をノアにコツンとぶつける。

 ノアは少しだけよろけたが、今度は安心してみていられた。


「あの嬢ちゃん、何をあげたのかい?」


 近くに居た人がカガミに尋ねる。


「カロメーという食べ物です」


 カガミは、簡単に答えて微笑む。


「そっか、ノレッチャ亀が食べるようなものがあったとはな」

「ところで……この海亀は、どうするのか決まっているのですか?」

「うーん、まあしょうがないから海に返そうかなーって、みんなで話し合ってたんだ」


 へぇ。そういえば、扱いに困るって言っていたな。


「捌いて食べちまうって方法もあるんだがな」

「私達が譲り受けることはできないでしょうか?」


 カガミが微笑みながら、海亀の処遇を聞いていたかと思うと、譲り受けたいと提案した。

 こんな馬鹿でかい亀、どうするつもりなのだろうか。自分から言い出すからには、何かアイデアがあるのだろう。

 そんなカガミの質問に、大柄な船乗りが近づき答える。


「売るのはかまわんぜ。うん。コイツの食い物があるんだったら荷物の運び手としては優秀だしな。海も渡れるし悪くはないんじゃないか」

「俺達で特に文句を言う奴はいねぇぜ」


 周りの男達も同意する。


「ありがとうございます」


 なんとなく愛着の湧いた皆の意見と、カガミの熱い思いを尊重し、海亀をもらうことにした。

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