第170話 いせきのむら

 小さな男の子がグゥグゥとお腹を鳴らした。

 カガミが笑って、お椀に山菜のスープを装い子供に渡す。


「どうしたの?」

「お父さんとお母さんと離れちゃって、それで……」


 2人の子供達がなぜここにいたのかについて話をする。

 住んでいた村がトロールに襲われて、一旦村を捨てて町へと逃げて行く途中だったそうだ。


「遺跡から、トロールがいっぱい出てきたんだ」

「トロール?」

「遺跡ですか?」

「そうだよ。テンホイル遺跡。僕達の村は遺跡を調べたり、観光のお客さんに、案内して暮らしてるんだ。でも、トロールが出てきたんだ。それで、お父さん達が、皆で町にいって兵士を呼ぼうって」


 遺跡からトロールが出てきたから、町に兵士を呼びに行った。その途中ではぐれてお腹をすかせていたということか。


「皆で助けを呼ぶって、ギリアの町にいくの?」

「違うよ。一番近い、エキテリエクの町。この街道を右に行けば着くはずさ」

「左。左だよ」

「右だって」


 2人の子供が、言い争いを始める。

 だめだ。自信満々に言ってはいるが、ほっといたら町へ着かない気がする。


「まぁまぁ、お姉さん達が町までついていったあげるよ」


 ミズキが協力を申し出た。ミズキも、オレと同じこと考えたのだろうな。子供達を放置するわけにもいかないし、とりあえず町まで送っていくか。

 周りを見回すと、皆同じことを考えていたようだ。


「とりあえず、とりあえずご飯をたべましょう。それからで良いと思います。思いません?」


 カガミの言うとおりだ。

 食事再開。腹が減っては戦はできぬって言うしね。


「ところで、遺跡って大きいんスか?」

「すっごく大きな遺跡だよ。お父さんのお父さんの、もっと前のお父さんの頃からずっと調べているけど、全然終わらないくらい大きいよ。たくさん遺跡があるから、船に乗ってゆっくり見て回るんだ」

「船ですか?」

「そうだよ。川を下っていくんだ。ずーっと降りていくとクイットパースにつくぐらい長い川だよ」

「へー、じゃあ川でクイットパースに行けるんだ」

「もちろん。遺跡で珍しいものが見つかったら、クイットパースに売りに行ったりするよ」


 なるほど。

 子供達は話をしながら、夢中で山菜のスープを食べている。

 そんな微笑ましい風景のなか、軽い地響きがした。

 2人の子供がそろってが声をあげる。


「ト……トロールだ!」


 真っ青な顔をして見る先に、鮮やかな緑色の生き物が見える。

 あれが、トロール? ゴブリンそっくりだ。

 一瞬、ゴブリンに見えたソレはドンドンという大きな足音を響かせこちらへと向かってくる。

 オレよりもずっと大きく緑色をした巨人。オーガほどではないが大きい。だが、特筆すべきはその体格。とにかく太った体型。近づいてくるにつれてわかる。緑色でブヨブヨの肉体を震わせ向かってくる。

 ミズキが、槍を手に取り回り込むように動く。

 サムソンが一歩前にでて、魔法の鎧に身を包む。

 プレインは距離をとり弓を構えた。

 バシッと弾ける音がしてハロルドがサムソンの隣に躍り出る。


「あの子供の言うとおり、トロールでござるな」

「大丈夫か?」

「拙者達なら楽勝でござるよ。ただし、ちと面倒くさいでござる。そのタフさゆえになかなか倒れぬでござるからな」

「そんなに丈夫なんスか?」

「やたらとタフで、そこいらの兵士では25人の兵士が25日かかると言われるくらいでござるな。弱点と言えるのも、火くらいしかないでござる」

「火……可能なら私の目の前に誘導して欲しいと思うんです。できますか?」


 カガミが何かを試したいようだ。


「オッケー」


 ミズキが言うが早いか、トロールの鼻先に槍をかすらせて挑発し、カガミの方へと走り寄る。

 そしてトロールがカガミの目の前に来たときハロルドが剣を振り、トロールの足を切り裂いた。

 ちょうどいい具合にカガミの前で、トロールが倒れる。


「こんなもんでござるか? ただし、トロールは回復能力が途方もなくあるゆえ、急がないと復活してしまうでござる」

「大丈夫……準備はできてる」


 しゃがみこみ、魔法を詠唱していたカガミが、立ち上がる。

 次の瞬間。

 カガミの目の前に巨大な火柱が出現した。

 近くにある木々より遙かに高い火柱だ。てっぺんを見ようと見上げる首が痛い。


「なんと?」


 ハロルドが驚きの声をあげる。

 巨大な火柱の中心にいたトロールは、地面から噴き出す火柱に押し上げられるように、すこしだけ浮き上がる。

 しばらくして火柱は消え、消し炭になったトロールだけが後に残った。


「あの森での戦いで……より強い火の魔法を作ろうと思ったんです。火球の魔法を解析して作ってみたんですが……すこし魔力の消費が激しいところが改善点ですね」


 再びしゃがみこんだカガミが、苦笑しつつ言う。


「すごい!」


 2人の子供は、そろって口をポカンと開けていた。

 それから、食事再開。


「あ、ハロルド、おかわりよそってきてあげるね」

「これは、姫様。かたじけない」


 自分のことを、姫様に仕える騎士なんて言っているわりに、気安い感じで、ハロルドはノアに皿を渡す。

 カガミの近くに皿を持って駆けていくノアを見送り、ハロルドがしみじみいう。


「先ほどの魔法、なかなかすごいものでござる」

「そうだね」

「ところで、物は相談だが、遺跡に行くべきでござる、遺跡からクイットパースに行こうではないでござらんか」


 うむを言わさない強い口調でハロルドが主張する。

 少しだけ、その態度が気に掛かる。

 もっとも、先ほどの川下りしながら遺跡を見るという話には興味を引かれていた。

 別に反対する理由はない。

 あの2人の子供を送って行った後の話にはなるだろうが……。


「なんで、そんなに遺跡からクイットパースに行きたいんだ?」

「遺跡からというより、街道の町に行きたくないでござる。街道沿いに行けば間違いなくクイットパースに着くでござるが、そこに姫様を連れて行くのはちょっと嫌なのでござる。だから村からクイットパースへ行くべきでござるよ」


 そういえばハロルドはクイットパースからヨラン王国に入国してギリアまで来たんだっけかな。その途中で何かを知ったのか。


「嫌な理由は教えてもらえないのか?」

「姫様は、一時、街道の町に身を隠していたでござる。だが、そこで……良い思い出がないでござる」

「何があったんだ?」

「あの町で、少し話題になっていたでござる。呪い子を、町の者でがんばって追い払ったと……家を焼いて、逃げるところに焼けた油をかけたり、矢を射って戦ったということでござる」


 酷い。ノアが何をしたというのだろう。

 呪い子は、人から忌避されると聞いた。ギリアではそんな事を体験しなかった。だから安心していたが、たまたま上手くいっていたのか。

 テストゥネル様の贈り物で、多少はなんとかなりそうだけど、警戒はした方がいいだろう。


「そういうことなら賛成だ。町の入り口で子供と別れて、オレ達だけで村へ向かってもいいかもな」


 特に、皆も反対しないだろう。せっかくの旅行だ。嫌な思いすることはない。

 オレとハロルドがそんな話をしていたときだ。


「父ちゃん!」


 子供の一人が、遠くにいる父親をめざとくみつけたようで、立ち上がり駆けていく。

 数人の男女が、オレ達を遠巻きに見ているのをみつける。

 駆けていった子供と何やら話をしていたが、うち一人が子供と一緒にもどってきた。


「うちの子供達が、助けて貰ったと聞きました。ありがとうございます」


 しきりに感謝され頭を下げられる。

 なんでも、トロールから逃げて、町へと行く途中で狼に襲われてバラバラになったそうだ。幸い、狼は3匹くらいだったので撃退できたが、子供2人を見失い、気が気でなかったらしい。

 徹夜で探していたとき、火柱がたったのを見かけて、様子を見に来たところ、子供達を見つけたらしい。


「この人達すごいんだよ。トロールを一撃!」

「一撃? トロールを退治できるというのですか?」

「うむ、トロールであれば今回に限らず、拙者は何回か戦ったことがある、倒し方も心得ているでござる。それに、ここにおる皆もなかなかの手だれでござるよ」

「もし案内していただけるのであればトロールを倒してみせます。代わりに、ちょっとお願いを聞いて頂ければと……」

「お願いですか?」

「えぇ。遺跡を観光してみたいんです。何でも川を船でくだりながら遺跡を見つつクイットパースに向かう方法があると聞きました。お子さんの話を聞いて、面白そうだと思いました。そこで、ぜひ体験してみたいのです」


 子供の父親はしばらく考えていたが、遠巻きに様子を見ていた人達に何かを言って戻ってきた。


「では、そういうことであれば私がご案内しましょう」

「そうですか、ありがとうございます」


 そうしてオレ達は最初の目的地として、遺跡のある村へと行くことにした。

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