第168話 閑話 薄暗い一室にて
薄暗い1室、そこには1人の老婆と1人の男がいた。
小さなテーブルを間に腰掛けた老婆は、狂ったように足をバタつかせ笑い始めた男を見ていた。
「ギャッハッハッハッハッハッハッハッ、あいつは……あいつらついにノアサリーナと名を呼びおった」
「あの呪い子の事かい? あの娘はノアサリーナという名前じゃなかったかい?」
「そうだとも。だが、今までやつらはあの呪い子のことをノアサリーナなどと名前で呼んではいなかった。なぜならばやつらにとってあの呪い子は部品に過ぎなかったからだ。預言を成就させるための部品にすぎなかった」
「それは、そうなんだろうねぇ」
「だが、あいつらは、ついに、ストリギの一件をもって認識せざるを得なくなった。オーガの代わりとなるマンティコアをギリアに入れることなく潰し。スティセルトに存在を認めさせ、ストリギの町にて名を轟かせた。すぐだ! すぐに、奴らの名は、ギリアを越え、ヨランを越え、世界に知れ渡ろう!」
足をバタつかせながらはしゃぐ男、それを老婆は訝しげに見ていた。
「嬉しいのはわかったよ。何がそんなに嬉しいのかね」
「あいつらは自分たちで気づいてはいない、自分たちが何を言ってるのか、その意味を気づいていない」
「意味かね」
「あぁ、そうだ。あいつらにとって、全ては計画通りだった。だが急に狂い出した。あのギリアの町を襲った一件以来、狂いはどんどん広がり、ついに収拾不可能な所まで来てしまった。それでも何とかしようとしていたが、ついに、どうにもならなくなった。その余裕のなさがあの呪い子の名前を彼らに言わせたのだ」
静かに老婆は男の話を聞いていた。やがて少し頷くと手に持っていた杖を地面に叩くようにして音を響かせる。
「話はそれで終わりかね? あんたと違って、離れた王城の一室で何が話されてるのか、私にはわからないよ。ちゃんと説明してくれないかね」
「ああ、そうだった。そうだったな。やつら、黒騎士を放ったらしい」
「黒騎士? 王が動かすことを許したとでも?」
「ギャッハッハッ! きっとそうであろうとも! 黒騎士の言葉は王の言葉、黒騎士の剣は王の剣なのだからな!」
「馬鹿をお言いではないよ。それにしても、黒騎士とはね。確かに、あの要塞のような屋敷に、居座る5人を始末するには一軍を繰り出すか、黒騎士しかいないねぇ。権力で引きずりだし、黒騎士の武力で叩くか……で、黒騎士を出した後どうなったのかい」
「ああ、それこそが……結果の報告を聞くことが、今日の集会、その理由らしい。もうすぐ結果は来るさ、今すぐに」
コンコンと扉がノックされる。老婆は立ち上がり杖を構える。
男は笑って、それを制した。
「入れ」
入ってきたのは左右の目が色違いの優男。男は土で汚れてはいるが装飾華美な貴族の服を着ていた。
「いや、あいつら頭おかしいですよ。あのリーダという男」
「何があったのかい」
「黒騎士は葬られました」
「どういう風に?」
「いえ、それがね、やつら常夜の森に追い立てられたんですよ。黒騎士に。さすがにイケメンのおれっちでも中にまでは入れませんよ」
「黒騎士が……常夜の森に?」
「あの様子だと、黒騎士はすでにイカレてましたね。で、抜け出してきたのはヤツらだけ、おそらく常世の森で始末されたのでしょう」
「予言の実行力が、黒騎士を狂わせたのか……会議室のやつらが知ることになるはいつだ?」
「さあ、ずいぶん先じゃないでしょうか。もちろん目撃者を皆、始末しておきましたよ、主様」
「放たれた黒騎士は何人だったのかい」
「2人っすね」
「魔法使いと呪い子が、黒騎士を2人、常夜の森で始末したと……あの、魔法使いに対し絶対の優位をもつ黒騎士に?」
「そういうことになるっすね」
「にわかには信じられない……と?」
「さすがにね、やつらがそんなに強いとは見えなかったけどね」
「ところで頭がおかしいってのは、どういうことかい?」
「やつらあの状況で、常夜の森を抜け、普通だったら心が折れるっしょ。頼りの屋敷から追い出されたわけだし」
「まあ、そうだろうねぇ」
「だけど、あのリーダという男、笑ってたんです」
「そうか、笑っていたか」
「うん、何か知ってたのかい?」
「いや、だが……奴らが死ぬとは微塵も思わなかった」
「会議室のやつらはそうでないだろうね。黒騎士は絶対に呪い子の奴隷を始末する。そう思っているはずだろうねぇ」
「そうだとも。ハハッ……ギャーハーハッハッハッハ! どうにもならない馬鹿どもめ! あいつらが、お前達の思惑どおりに動くわけがないであろうが! この世界の……この世全てに仕掛けられた呪いに喧嘩を売るような、いかれたやつらだぞ!」
男は立ち上がり両手を広げクルクルと回り笑う。
「楽しそうなところ悪いけどね。予言が成就しなければ、魔神を葬る者が居なくなるよ。つまり世界は滅びる」
「そんなこと知るか! 俺は予言が崩れるのが見たいのだ!」
ゲラゲラと狂ったように笑う男を、老婆は諦めた様子で見るだけだった。
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