第167話 閑話 襲撃の裏で(ビーバ視点)
右手の遠耳、左手の遠目、おいらの使う得意な魔法は、この二つ。今見ている両手に宿らせ、いつでも使えるようにしている。
遠くの物音や会話、遠くにある物、自由に聞けて、自由に見ることができた。
人の弱みを握り、ほんの少しほのめかす。
おいらの言葉を聞いた相手は、青ざめて、心ばかりのお金をくれる。
それだけで、おいらの人生は、順風満帆だった。
何度か、そりゃあまあ失敗したけれど、失敗も、おいらの才覚で、切り抜けてきた。
切り抜けられなきゃ逃げるだけだ。
んで、流れ着いたギリアでは、奴隷商人の仲間として過ごすことになった。
ちょっとイタズラはしたさ。
中でも獣人のガキは傑作だった。妹の薬と引き換えに、猿の真似など芸をさせて、下手くそっぷりが最高だった。こいつら薬なんて嘘っぱちなのに、よくやると思ったもんさ。
でも、だからといって、あんな酷い目に遭わせる必要ないじゃないか。
呪い子の奴隷リーダ。やつにあって状況が一変した。
知らないはずの事を知っている手口、追い詰める口調、どれもこれも、おいらのやり口そのままだった。
つまりはおいらの得意なやり口で、おいらの立場は奪われてしまったわけだ。
奴隷商人は潰され、次に身を寄せた、親分も始末された。
リーダの報復は、まるでおいらを追いかけるように続いちまった。
このまま、あいつの報復が続くかと思うとブルッちまう。
かといって、今、ギリアを離れるのはちょっとまずい。
前にやらかした失敗が、まだまだ尾を引いている。
「くそ、なんてこった」
そう言ってやさぐれていたオレに昔馴染みが声をかけてくれた。
なんでもリーダを、どこかのお偉いさんが始末してくれるらしい。
んで、ちゃんと始末できたかどうかをオイラに確認してほしいって言うんだ。
「やってくれねぇかねぇ、なぁ、ビーバさんよ」
「イッヒヒ、しょうがねぇなオイ。まかせとけよ」
とても良い依頼に笑みがこぼれる。
そうして約束の日、おいらは屋敷がある辺り一帯が見える山のてっぺんに居座った。
嵐の日だ。
激しい雨のなか、しょうがねぇなと、雨の中突っ立つ。
「うん、なんだありゃ」
妙な動きをする馬車を見つける。
屋敷の辺りを見張っていたら、予想外のところから馬車が出てきた。
右手を耳にあてて、遠耳の魔法を使う。
やはりリーダ達だ……あいつと一緒にいた女の声が聞こえる。
左手を丸めて、遠目の魔法を強く使う。遠くを走っているリーダの場所を確認する。
1人、すごいスピードで追い縋る奴がいる。
あれが例の暗殺者か? 違う……あれは、領主だ。
2人の会話を盗み聞く。
「いいことをきいた」
にんまりする。
隠れて始末するならいいとか言っている。つまりは王の命令に背く大罪。これだけでも、金になる。ふと馬にのった領主と目が合う。バレたかもしれない。
でも、問題ないだろう。あいつが近づく前においらはとんずらだ。
領主が去ったあと、今度は馬が二頭。
今度こそ、殺し屋だろう、立派な馬に乗ってとんでもないスピードで追いかけていく。
ん? 暗殺者だけじゃねえな。周りから凄い数の魔物が群れを成して取り囲み併走している。
嬉しくてしょうがねえ、あの一団をもって、馬車を取り囲んでなぶり殺しにする気だ。いまからでも、近づいて加わりたいくらいだ。
「イーヒッヒヒヒ」
笑い声が止まらない。
おっと、それだけじゃねえ、確かあっちの辺に、おいらの他にも2人ほど人が雇われてると聞いた。
1人は弓を使って遠距離から殺すらしい。でもう1人は魔法によって殺すそうだ。
つまり、近場の的にアイツらが集中している時に、弓矢と魔法で暗殺って寸法だ。
今度は右手に宿る魔法を強化し、右手を広げ耳にあて、遠耳の魔法でやつらの声を聞く。
リーダ達は逃げる事を話し合ってばっかりいる。悲鳴も何も聞こえてきやしねぇ。
「つまんね」
一人愚痴をいう。
あの弓で狙ってるやつはどうしてるんだ。弓の攻撃をうけている気配がリーダ達にねえじゃねえか、そう思って弓使いの、姿を見て、声を聞く。
「くそぉ、当たらねえ」
弓使いの愚痴が聞こえる。
おいおい、弓を射っているのに当たらねえのか。
下手くそが!
「くそ、何故だ。あいつらに矢が当たらない」
ぼやきながら、何度も弓を打っていた。
続くぼやきで、矢が当たらないのは、何らかの魔法で妨害されて、やつらの近くにすら矢は届いていないことがわかった。
「なんだ、2人?」
ふと見ると弓使いのすぐ側にもう1人が立っていた。弓使いにゆっくり近づいている。
「いやー、あれは矢避けの魔法だけじゃないっしょ」
まるで世間話をするような気安い声で、弓使いに声をかけたのが聞こえた。
顔を見ておきたいが、遠目の魔法では、この距離が限界だ、顔はわからない。
だが、どうにも戦うような服装でないことは見て取れた。
その言葉を聞いて弓を持った男が、弓を下ろし、腰から剣を抜く。
「なんだ、お前は?」
「いやね、一応さ、どんな案配なのかなって見に来たんだよ」
「お前のような奴が来るとは聞いていない」
「そりゃそうだ。だって話してないもん」
軽い調子の男だ。とても場違いだ、服装も言動も。
つか、どうやってあそこに登った?
切り立った山の上だぞ。あんな服装で登れるような場所じゃねえ。
男の奇妙さに目が離せなくなった。
弓を打っていた男は剣を手に、じりじりと距離をつめ、その優男に切りかかる。
「私を弓だけの男とは見ないでくれ」
「それは知ってるさ」
弓使いは剣を振り回す。
だが優男はヒラリヒラリと身をかわす。その手には武器らしきものは持っていない。ただ避けるだけだ。
どういうつもりだ?
そんな疑問が頭に浮かんだ瞬間、優男は剣を振り回す弓使いをいなし、剣を奪い取り、その剣をもって弓使いを刺してしまった。
何だ何だ、リーダの仲間か。あんなヤツがいるなんて聞いてねえ。
もしかして、もう一方の魔法使いの方も……。
魔法使いの方を見る。こちらの方には女が立っていた。その足下にはローブ姿の男。
ローブ姿の男は横たわっている。
遠耳の魔法で声を聞く。ふと見ると優男が女の方に近づき声をかけていた。
あいつ……いつの間に?
女の距離と、さっき優男がいた場所には相当な距離がある。瞬間移動? 魔法使い?
「いやー、強えのなんのって」
「私の方も相当強かったですよ、魔法使いに見えたから油断しました。接近戦が強いなんて嫌ですよね」
「たしか、えっと、ゲイケネイラだっけ。毒の魔法が得意らしいね、この人」
「やっぱり魔法使い。服装から、そうなんだろうなって思ってたけど……もぅ、強すぎです」
「さて、あのさ、あっちにも死体があるからさ。ちょっと、あのー片付け手伝ってもらえる?」
「はいはい。メテトローのケーキ4つでいいですよ」
「オレっちの甘い口づけでどうだい?」
「お仕事中に、口説いたりしてると、お姉様にいいつけますよ」
この豪雨の中、死体を足下に軽口を叩いている。
なんてことだ。遠距離から殺すはずだった2人は、何者かに始末されていた。
もしかしたら、おいらの方にも誰かが来るのかもしれない。戦慄が走る。すぐに魔法を解除し、近くに気配を配る。
『ドカカッ、ドカカッ』
予想通りだ。蹄の音がする。
リーダ達は、後回しだ。おいらの身が危ない。一旦ここは身を引こう。
そんなことを考え、この場を立ち去ろうとした時、蹄の音がどんどん大きくなって聞こえた。
そして巨大な影が目の前に現れた。領主が馬に乗ったまま上がってきた。歩いて登るのも難しい急な山の斜面を領主は馬で登ってきたってのか。
予想外だ! ちくしょう!
領主は剣を一閃し、切りつけられたおいらは後ろに倒れる。深い傷を受けて血が溢れるように出る。
「やはり監視役がいたか」
領主は俺を見下ろし、そう言って立ち去っていった。
「ハァハァ……ちくしょう」
おいらの死に真似が上手く作用したようだ。すぐに魔法の治癒薬を飲んで、傷を癒やす。
全くついていない、リーダに関わるべきじゃなかった。
とりあえず領主の裏切りを収穫にしよう。おいらは悪くない、失敗してもへぼい弓使いとか暗殺者の失敗だ。
仕切り直しだ。
うまいものを食って女を抱いて、一旦仕切り直そう。完璧じゃないにしろ、領主の裏切りを報告すれば、少しぐらい金も貰えるだろう。
「ちっ」
そういやリーダ達の死体があるかもしれないと思い、奴らがいた方を見る。ちょうど、その時、常夜の森に入っていった奴らが見えた。ここから見える真っ黒い森。嵐で上手く見えないが、いつもの風景であればあそこは真っ黒い森だ。
入ったが最後、生きて出られない暗黒の森。
「イッヒヒッ、終わったなあいつ」
「うん、本当におわったかも」
トンと手を肩に回され、声がきこえた。
耳の側で。
聞いたことのある声だ。視線だけで横を見やる。
あの優男だ。ニッコリと笑顔だ。まるで飲み友達に挨拶するかのように。
明るい調子の声音が逆に怖い。気配すら感じなかった。
このビーバ様ともあろう者が。
しかも、居るわけが無い。ここは特に足場が悪い。どうやって……ここまで近づかれた? わからない。わからない。わからない。
冷や汗が吹き出る。
「どうして……?」
「あの領主……彼も詰めが甘いよね」
ことさらに明るい調子で優男が言った瞬間、お腹に熱い痛みが走る。
刺されていた。思いっきりお腹をえぐるように刺されていた。気が遠くなる。
「呪い子をどうこうするだけなら、べつにいいんだけどさ、領主が呪い子を助けたことがバレちゃうとまずいんだよね」
「お前……一体……」
「ま、しょうがないっしょ、さようなら」
おいらが最後に見たのは、明るい口調とは裏腹に、無表情においらを見下ろす優男の顔だった。
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