第165話 閑話 暗闇を歩いた先に(ノア視点)

 暗闇の中、歩く。

 目を閉じても開けても、真っ暗なのは変わりがない。私はただリーダに手を引かれ、ついていくだけだった。

 暗闇は怖い、色々な嫌なことを思い出す。

 まだ、ママと一緒に隠れ住んでいたときのことを思い出す。

 森を抜け、港町からちょっとだけ離れた場所にある、ほんの少しだけ過ごした町だ。

 私にとって、窓から見る景色はとても眩しかった。私と同じくらいの年の子が、探検ごっこをしていた。私も混ざりたかった。

 歩きながら何かを食べていた子供達、私も一緒に食べたかった。

 歌いながら、くるくる回る女の子がいた。私もくるくる回り、歌いたかった。でも、私は部屋であまり動かないように言いつけられていた。

 ずっと部屋の中から外を見ていた。

 隠れ住んでいたとき、ママとママの従者がしていた話を思い出す。


「レイネアンナ様、あの呪い子をお捨て下さい」


 老婆はママを見据えてそう言った。

 この人は私達とずっと一緒に旅をしていた従者の一人。

 ママの乳母だった方だ。

 懇願するように、まくし立てていた。


「レイネアンナ様はとても頑張られた。ただもう限界なのです。その子は呪い子です。存在だけで災いなのです。お近くでお仕えすることすら、ご一緒に旅することもできないのです」

「わたくしにとって……ノアサリーナは……」

「命じて下されば、わたくしどもが、アレを上手く捨ててきます。ご決断を。レイネアンナ様」


 ママは私を見なかった。私の手をぎゅっと握りしめるだけだった。


「ごめんなさい、わたくしは……」


 ママはゆっくりと首を振りそう答えた。私を見ないままだったが、しかし私は嬉しかった。

 そんなママの従者達も、私には丁寧な扱いだった。でも、酷く冷たかった。

 私を見る目、かける声、そのどれもが冷たかった。

 お前がいなければと、いつも言われている気がしていた。

 そんな事ばかりを思い出した。


「ノア、大丈夫?」


 リーダの声が聞こえた。いつものリーダとは違って酷く弱々しい声だった。


「うん、大丈夫」

「そっか」


 先程の闘いはとても激しかった。私は真っ暗の中で、全く分からないままがむしゃらに魔法を使うだけだった。

 ロンロの言葉に従って。


「そう、ノアサリーナ。その紙……もう少し右、まず魔法の鎧で身を固めて。そうそう。それで良いのです。それから、自分を燃やす魔法で身を守りましょう。大丈夫。そうすれば、あなたは無事でいられます」

「ロンロ、私は……ノアでいいの。ノアで……」


 いつもとは違うロンロの言葉遣いに、私はひどい寒気を憶えた。


「そう……そうねぇ。今はリーダ達と一緒に戦わないとぉねぇ」


 いつもの話し方に戻ってほしいという、私の願いが通じたのか、のんびりとした声になった。


「ありがとう。ロンロ」

「うぅん。ごめんなさぁい。そうね、魔法の矢。魔法の矢を使いましょう。ゴブリンを思い浮かべて魔法の矢を沢山打てばいいわぁ。リーダ達は黒騎士に手一杯だものぉ」


 それから私はロンロのアドバイスに従って、何回も、何回も、魔法の矢を詠唱した。

 ひたすらに、がむしゃらに。

 そして、その間に戦いは終わった。

 ハロルドの叫び声を聞いた時はとても怖かった。

 森に入る前のこと、入ったあとに聞いた音と声……酷く恐ろしかった。

 戦いが終わって、皆が無事だと知って嬉しかった。

 きっと、辛い戦いだったのだと思う。

 でも、だからこそ、これから先どうなるのだろうと不安になる。

 なぜならば、今回の原因は私だろうから。今までと同じ、ママが苦しくなった原因と同じ。呪い子である私のせいだから。

 この真っ暗闇を抜けた時、その先に何があるのだろう。

 暗闇の中で私は嫌なことばかり思いだす。

 皆が私と別れようと言った時、私はどうすればいいのだろう。

 そんな不安の中、ひたすら歩いた。

 リーダに手を引かれ、前へ前へ。

 森を抜けた後、誰も私を置いていこうとは言わなかった。

 それが嬉しくて、少しだけ涙がでた。


「ノアも少し寝なよ」


 外で待っていたお姉ちゃんが、私達を森の中へと誘う。

 とても皆疲れていた。みんなが横になった。

 常夜の森でなく、普通の森で。


「大丈夫、私が見張っててやるからさ」


 お姉ちゃんに言われて少し横になる。

 ふっと周りが暗くなった。

 それから、皆の声で目が覚める。

 私には一瞬の眠りだったが、日は昇り明るくなっていた。


「これから……どうしようかってことだな」


 サムソンお兄ちゃんの声だ。


「うん、そうっスね」

「あ、ノアノア、おはよう。早速だけどさ、ハロルドの呪いを解いて」


 ミズキお姉ちゃんに声をかけられ、ドギマギしながら、ハロルドの呪いを解く。


「ふむ。これからのことでござるな」


 どこかで潜伏して隠れて過ごすことになるのか。

 それとも、森の中。

 皆の話は、隠れる先をどうするのか、もしくは転々と移動するのかということになっていた。


「うん、どうやって逃げればいいのか、むしろ隠れて住む方がいいかもしれないと思います」

「どこかの宿を借りて長期間借りて、そこに住むという手もあるぞ」

「森の中に小屋を建てて、そこで……ってのはどう?」


 逃げるのか、隠れるのか、皆がお話している。

 疲れた顔で、お話している。

 結局のところ、結論は先送り。とりあえずリーダが起きるのを待つことになった。

 皆が相談している間も、リーダはずっと寝ている。


「でも、あれって人間じゃなかったスね」

「最後、気持ち悪かったじゃん。魔物だよ、きっとさ」

「火の魔法を研究した方が良いと思うんです。思いません?」


 皆のお話が続くなか、私はリーダの顔をじっと見ていた。

 リーダが起きた時なんて言うのだろう。

 すぐに何処かに逃げようっていうのかな。それとも隠れようっていうのかな。もしかしたら近くの町で。隠れていた家を焼かれてママが手を大怪我した町で……。

 でも、私は我慢しよう。ただでさえ、私が原因なのだ。これ以上、わがままをいって迷惑をかけるわけにいかない。それに、大丈夫、皆が一緒なのだ。

 皆のお話はずっと続いていた。

 私はその話に加わらず、じっと寝ているリーダの顔を見ていた。

 早く起きて欲しいなと思いつつ、リーダを見ていた。

 なんだか起こしてしまうのも、迷惑になると思えて、じっと見ることしかできなかった。

 でも、そんな状況は長く続かなかった。

 私は、怖くなって、不安になって、気がつけばリーダの肩に手をついて、揺さぶり起こしていた。

 皆を笑顔にするリーダの起こす奇跡を願って、リーダの顔をじっと見た。

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