第164話 ハロルドのさけび
このまま、ハロルドに黒騎士の相手してもらい、何とかなるかと思った。
だが、相手はそんなに甘くなかった。
黒騎士の体がジュクジュクと元に戻っていく。ハロルドの傷つけた頭も、ゆっくり回復していく。身につけていた兜すら、姿を変える。
「何? アイツらなんか変わってない?」
「えぇ……なんだか、あれは、人間ではないように見えます」
「おいおい……マジか」
黒騎士の1人が、ロープに掴まれたまま馬の死体に歩み寄る。グズグズと音を立て、黒騎士馬の死体とくっつき一体化した。
まるで物語にでてくるケンタウロスのような半身半馬の姿になり、俺たちの方に近づいてきた。ハロルドがどんなに力を入れてロープを引っ張っても、4本の足でその引く力に抵抗する。そして、ハロルドの死角にまわり、そのまま思いっきり拳を振り、馬車の車輪を叩き壊す。
チッキーが悲鳴を上げ、馬車から転げ落ちた。
「チッキー!」
「待ってろ、兄ちゃんが……」
すかさずトッキーとピッキーが、チッキーに覆い被さり庇う。
ハロルドが、綱引きで黒騎士の制御ができなくなり、オレ達も黒騎士の猛攻にさらされる。
サムソン、ミズキが2人がかりで黒騎士一人をなんとかしのげる程度だ。動きが早く、力が強い。加えて、魔法が通じない。
「クソ。剣が効かなくなったでござる。泥を切っているようで、手ごたえが感じられなくなったでござる」
魔法も効かない。魔法の矢も、電撃も、消されてしまう。
何か手がないのか。
そんな中、ハロルドは馬車から飛び降り、黒騎士の一方に体当たりし、もう一方の黒騎士に絡まったロープを引っ張った。
先ほどとは違い、側面から引っ張られる形になった黒騎士は4本の足でも耐えきれず倒れた。
そのまま、ずるずるとオレ達から距離をとる。
「何をしてるんだ、ハロルド」
「姫様達を守るには、拙者が距離を取って戦うしかないでござるよ。だが、このままではジリ貧。何とか手を考えて欲しいでござる」
どうする。剣も魔法も効かない。
本当に?
ふと、馬車の中で聞いたテストゥネルの言葉が蘇る。
――お前のブレスではあやつらを焼き殺すことができぬ。力が足りぬ。
クローヴィスの攻撃で焼き殺せない。
焼き殺すことはできない、クローヴィスでは……。
であれば、オレ達なら……できるのではないか?
魔法は効かないかもしれない、だが今までの戦いの中で火の魔法は使っていない。
そうだ、まだ手があるかもしれない。
「火球を試す。失敗したらロープが焼けて終わる……でも、試すべきだ」
「なるほどでござるな」
すかさず、ロープを横側から引かれ、倒れているケンタウロス型の黒騎士に火球の魔法を唱える。
直撃はできなかったが、かすらせることが出来た。火球による火は盾に防がれた。だが作り出された火の玉は黒騎士を包み込んだ。そして燃え広がった火は、火球が消えたあとも、まとわりつくように、黒騎士の体を這いずり回り、しばらく消えずに残った。
そして、今回の戦闘で初めて黒騎士がもだえるような動きを見せる。
手応えがあった。
「火だ! みんな火球の魔法だ、火球の魔法で奴を攻撃するんだ」
だが、ずいぶんと盾により威力は削られているようだ。焼かれた傷ですら、剣による攻撃ほどの早さでないにしろ、ゆっくり回復しているように見える。
何度も何度も直撃させて、回復を上回る速度で、焼き尽くさなくてはならない。
ハロルドは、オレの言葉を聞き、思いっきりロープを引っ張り、2人の黒騎士に抱きつく。
「今でござる!」
「ハロルド?」
黒騎士の攻撃を体中に受け、傷だらけになりながらも黒騎士を抱えたまま、後ろにズリズリと下がり、オレ達との距離をさらに広げる。
「拙者ごと! 火球の魔法をぶつけるでござる!」
ハロルドが叫んだ。
「そんなことしたら……お前ごと……。お前も死んでしまう」
「拙者は火に強い。拙者の熱い魂は、いつも熱いでござるゆえに、ミランダの氷も拙者には効かぬ。炎の熱さも、拙者に効かぬ。ゆえに、リーダの火炎ごときでは死なぬ」
さすがにそれはないだろう。あからさまな言い訳だ。
オレ達のことを考えて、言っている。
万が一のことがあっても、オレ達が言い訳できるように……。
「他の手を考える」
「大丈夫。拙者は覚悟ができているでござる。だから、黒騎士を拙者ごと火球の魔法で焼くでござる」
皆が躊躇する。
「やれと言ってるのがわからんか!」
ハロルドが再度叫ぶ。他に方法がなく、放置もできない、逃げることももはや無理だ。
ここで、黒騎士を始末するしかない。
オレは覚悟を決め、火球の魔法を唱える。
ジュウと肉の焼ける音がした。
「まだまだぁ」
ハロルドの声が聞こえる。
「みんな……オレがやる。オレが始末をつける」
そう言ってオレは何度も何度も火球の魔法を唱え、黒騎士にぶち当てる。ハロルドごと……。
ハロルドは火球の魔法を受ける度にまだまだと声をあげる。
9回目の詠唱。
オレの意識もだいぶ失われてきた頃に、ハロルドの声が聞こえなくなった。
ミズキが飛び出して、ハロルドを抱え戻ってくる。
「ハロルド飲んで!」
エリクサーをハロルドに差し出す。
黒騎士はジュクジュクと音を立て、這いずりながらこちらに近づいていた。
「オウ……オウ……ガ、タメ……ユルサ……」
変な声で、呻きながら、何かを言いながら、黒騎士は近づいてくる。
もう一度、火球を。
「あとは、私が……」
オレが詠唱しようとするのをカガミが止めた。
カガミが火球の魔法で、黒騎士に攻撃する。
それに続き、プレインも攻撃する。ミズキも加わる。
何度も何度も3人の火球の魔法がこだまする。
しばらくそんな時間が続き、気が付けばそこには何も残ってはいなかった。
なんとか倒せたようだ。
ハロルドは?
「つかれたでござる」
よかった。大丈夫だ。死んではいない。
「ありがとうハロルド」
自らの身を挺してくれたハロルドに感謝しかない。
「森を無事出られたら、横になるでござる。少ししんどいでござるよ」
オレ達は歩いて森を抜ける。
ノアは、オレ達が必死に黒騎士と戦っている間、ひたすら魔法の矢を唱えていたそうだ。
手探りで鞄から魔法陣の描いた紙を取り出し、ロンロに助けてもらい、何度も何度も。
それで、途中からゴブリンが居なくなっていたのか……。
ん?
何か見落としている気がするが、酷く疲れた……考えるのは後にしよう。
驚異は去って、落ち着いた森の中を進む。
森はとても静かだった。あのような騒ぎがあったのに、生き物は青白い蝶々だけ。
何も見えないと不安げにオレ達に捕まるチッキー達を誘導しながら森を進む。
その間に、ハロルドは子犬の姿に戻り、ノアに抱え上げられ、森の中を進む。ノアは、片手でハロルドを抱え、もう一方の手でオレの手をにぎっていた。握る力が強かったのは不安のせいだろう。
この空間……ノアにとっては、一面暗闇の世界は怖いにちがいない。
たまにゴブリンと出会うことがあったが、それはミズキが軽く始末してくれた。
どれだけ歩いただろうか……随分、歩いたところで開けた場所に出た。
森を抜けたのだ。
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