第163話 とこよのもりに

 馬車の幌は枝葉に取られ、ゆっくりと剥がされていく。

 そんなことはお構いなしに、馬車は猛スピードで進む。

 いつの間にか雷の音も雨音も聞こえなくなった。目の前に広がるのはとても幻想的な森だ

 薄暗い森の中、青白い光がキラキラと瞬く、それは蛍の光のようにも見えた。それに、青白く光る蝶々が見える。


「綺麗」


 ミズキが呟く。


「確かに綺麗だ……。不思議な場所だな」


 だが、そう思っていたのは俺たちだけだった。


「どうしようリーダ。真っ暗。何も見えない、何も見えないの」

「全く見えない真っ暗だ」

「真っ暗でち」

「なんとも異様な空間でござる。ここは……もしや、しくじったでござる!」

「ハロルド? 一体、どうしたんだ」

「ここは常夜の森でござる。拙者達は常夜の森に、追い立てられたでござるよ」


 ヌネフも恐れていた、常夜の森。

 この空間は、オレ達の様な異世界人には綺麗な森に見えるが、現地の人にとっては暗黒の空間に見えているようだ。


「静かになったっスね」


 ゴブリンや黒騎士の攻撃も止み、馬も落ち着きを取り戻しスピードを落とす。

 現地の人にとっては暗黒の世界でも、一息つけたことにホッとした。

 そしてオレ達が、気を許したときだった。

 

『ヒヒーン!』

 

 突如、馬が大きくのけぞる。

 それと時を同じくして、物陰から……いや、オレ達以外にとっては見えない暗闇の中から、黒騎士が的確に攻撃を仕掛けてきた。

 見ると、ゴブリンの姿も見える。

 結局、逃げ切れなかったわけだ。加えて、オレ達以外には暗黒の空間で戦いが再開することになった。

 それにしても、ゴブリンや黒騎士、あいつらには見えるのか。たまらず魔法の矢を使い黒騎士を狙う。

 ところが、黒騎士の手に持った盾によって防がれてしまう、盾にぶつかることなく、魔法の矢は霧のように消えた。


「魔法が効かないのか?」


 ミズキの攻撃も、槍が纏っていた電撃が盾に触れる直前かき消え、ガンと金属質の音が鳴るだけだった。

 ハロルドは何とか身を挺し、黒騎士の攻撃を幾度か受け止めたが、傷を受けている。

 黒騎士以外の、ゴブリンなどは放置でハロルドは黒騎士にだけ集中している。結果、攻撃を受けるに任せている。


「姿が見えぬでござる、この状態でこの2人を相手にするのは厳しいでござる」


 真っ暗で何も見えないにもかかわらず、ハロルドは何とか防御していた。どうやら、少しでも傷を受けると、それを頼りに敵の方向を推測し、一気に反撃しているようだ。

 結果的に、ハロルドは攻撃を受け続けて傷だらけだ。

 このままでは、長くは持たない。


「姫様! 身を屈めておいてくだされ。チッキー達もでござる! リーダ達は、自分で自分の身を守って欲しいでござる。拙者には、全員を守るだけの余裕がないでござる」


 ハロルドが必死の声を上げる。

 オレ達は、黒騎士とゴブリン達を相手に魔法の矢を連打するしかない。

 不利な状況のなか、さらに状況は悪化する。

 馬がこけてしまった。

 なんてことだ、よろめき倒れた馬の腹には巨大な剣が突き刺さっていた。

 黒騎士は、馬を狙っていた……。

 馬が倒れたことによって急停止した馬車に、ひるむことなく、ハロルドは大きく剣を振るい、黒騎士の乗っていた馬ごと弾き飛ばす。

 だが、ハロルドの方も無事ではない。腹に深々と剣の切り傷が付いている。そして、そんなハロルドへ、もう一方の黒騎士の握りこぶしが迫ってきた。

 サムソンがそれに割り込むように体を滑らせる。


『ガゴォン』


 円柱型の鎧を身にまとったサムソンに黒騎士のこぶしが当たり、鈍く大きい音がする。

 その音を頼りにハロルドは空いた方の手で、黒騎士の体を捉え、殴りつけた。

 先程、ハロルドに馬ごとはじき飛ばされた黒騎士は、遠く離れた場所でゆっくりと起き上がる、殴られた黒騎士の方もすぐに体勢を立て直す。

 一匹はハロルドの攻撃によって、もう一匹はオレの魔法の矢によって、黒騎士の乗った馬は2匹とも息絶えていた。

 黒騎士は、じりじりとゆっくり距離を詰めてくる。音を立てないように、ハロルドの射程に入らないように、じわじわと近づき、攻撃の機会をうかがっているようだ。


「クソ、距離を取られてしまったでござる」


 ハロルドが叫ぶ。


「どうしたんだ?」

「距離を取られてしまうと、不利でござる。相手の場所が推測できないでござるよ」

「相手の場所が分かれば何とかなるのか?」

「少なくとも今よりかは、ましでござる」


 オレは影の中から、エリクサーの小瓶を取り出し、ハロルドに手渡す。次にロープを取り出した。


 ロープを同僚に投げ渡し、声をかける。


「これで黒騎士を絡め取れ。絡め取ったらもう一方の端をハロルドに渡すんだ!」


 魔法が効かない以上、ハロルドが頼りだ。オレ達は、別の手を思いつくまで、ハロルドのバックアップにまわる。

 ハロルドはエリクサーを飲み傷を回復させる。その間、サムソンが自分の身を盾にして、黒騎士の攻撃を防いで時間を稼ぐ。他の同僚は、黒騎士にロープをかけようと奮闘を続ける。


「重い。こいつら攻撃が重い、俺の魔力が尽きてしまう」


 サムソンの鎧は攻撃受ける度に、対価として魔力を削られてしまうのか。

 となると、長いことは持たないというのは、そのまま黒騎士の強さを示している。

 それでも、サムソンの奮闘によって、黒騎士の一方にロープを巻きつけることができた。

 傷を受けながら、なんとかもう一方の黒騎士の攻撃を剣でしのいでいた、ハロルドにロープを渡す。


「むん!」


 ハロルドはロープを思いっきり引っ張る。宙を舞うように引き寄せられた黒騎士の顔面を切りつける。力勝負では、黒騎士よりもハロルドの方が圧倒的に上のようだ。ロープをからめてから、ハロルドが黒騎士を圧倒し始めた。

 おかげで、もう一方の黒騎士にもロープをかけることができた。

 

 いける。

 オレは優勢になったことを確信した。

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