第162話 しっそうするばしゃにのって

 雨のなか町とは逆の方向へ馬車を走らせる。


「あれ?」


 カガミが声をあげる。

 馬車の中から後を睨むカガミが指さす先には、誰かが追いかけくるのが見える。オレの馬車よりも何倍も速いスピードでぐんぐんと近づき、その正体がわかる。

 領主ラングゲレイグだ。


 馬車に併走しながら、御者台から身を乗り出したオレの襟首を掴んだラングゲレイグは、グッと顔を近づけ、オレの耳元で言う。


「そうか、わかった。上手く黒騎士とすれ違えたようだな。まっすぐ進め、お前がいない間のことはこちらの方で何とかしておいてやる」

「わ、わかりました」


 馬車も、併走する馬も相当早い。落ちそうで怖い。不安定な状況でかろうじて返事する。


「いいか。もし、黒騎士が追ってきても、事を構えるな。どうしようもなくなったら、誰にも見られず、死体を残すこと無く始末しろ。いいか。痕跡を残すことなく始末しろ。ギリアの領内で、それさえできれば、私が後始末してやる」


 そう言って、パッと手を離される。

 ドスンと尻餅をついた。領主は言いたいことを言ったとばかり、オレ達の乗る馬車からゆっくりと離れていく。


「領主様はどうしてオレ達のことをそこまでしてくれるのですか?」


 離れていく領主に問う。

 わりとやばい橋をラングゲレイグは渡っている気がする。オレ達の存在は、領主としての地位を捨てるリスクまで背負うほどとは思えない。


「我が一族にとって、お前達は切り札なのだ。発展し、栄え始めたギリアを狙う者は多い。だが、領民に呪い子がいれば、それがどんなに名声を博してもギリアという町には手を出しづらい。つまり、お前達がギリアの領民であるかぎり、私は領主としていられる」


 そういうことか。

 以前より、ラングゲレイグは正式な領主となるため、あらゆる努力を進めていた。今回の一件もその一つだと言われれば、納得出来る。


「ありがとうございます」


 雨はさらに厳しくなり、雷が鳴り出した。


「おい、リーダ、お前たちそれで行くのか」


 領主は一旦離れていったが、すぐに速度をあげ、御者台の側まで戻ってきた。

 何か不安になることがあったのだろうか?


「はい。できるだけ急がなくてはならないと思い、このような形になりました」


 領主は何かを伝えようとしていたが、雷の音が更に厳しくなり、声が聞き取りにくい。

 そして、オレの胸元に小袋が投げ投げつけられた。急な事にとまどいながらも、なんとか受け止めた袋の中に、小さな宝石が何個か見える。

 ラングゲレイグが何かを話しているのは、口の動きからわかる。だが、何かを言っているのはわからない。


「それを持って早くいけ!」


 雷と、雷の切れ目、少しだけ声が聞き取れた。

 その言葉を最後にラングゲレイグは、馬の速度を落とし、やがて激しい雨の中に消えていった。

 それからも延々と馬車を走らせる。

 馬もかなり疲れてきて一旦どこかの影に隠れ、雨をやり過ごそうかと考えたときだ。

 雷や雨音に混じって何かの叫ぶ声が聞こえた。


「リーダ! ゴブリンが、あの数……」


 カガミがずぶ濡れになって、馬車の後方を指さしていた。


「最悪、こっちにも!」


 オレの隣に座り、馬車を走らせていたミズキも大声を上げる。

 雨の中で気がつくのが遅れていていた。

 ゴブリンがたくさん追いかけてくる。狼に乗ったもの、カラスに乗ったもの、様々だ。

 なんてことだ、こんな時に。とりあえず迎撃するしかない。


「プレイン! サムソン! 敵襲だ。ゴブリン共だ!」


 オレ達は魔法の矢で迎撃する。

 ところが、雨のように注ぎ込まれる魔法の矢が、ぶち当たっても、なかなか追いすがるゴブリンの数が減らない。

 異様にタフだ。嫌な予感しかしない。


「マジか……。もしかして、こいつら?」

「そうだ、たぶん死に忘れた、こいつらはほとんど死に忘れだ」


 また、こんな時に……。

 さらに困難は続く、今度は馬車の死角から、突如切りつけられた。

 馬車の幌が破損し、破片が馬車の中に飛び散る。

 なんてことだ。

 黒騎士だ。いつの間にか黒騎士の1人が俺たちの直前、すぐ近くまで迫っていた。

 しかも、話をしようとする素振りすらなく、いきなり攻撃してきた。


「ハロルドの呪いを解除してくれ!」


 ノアにハロルドの呪いを解くよう依頼する。

 すぐさま呪いが解かれたハロルドは、振り下ろされた黒騎士の剣を、自らの剣ではじき、そのまま返す刀でもう1人物陰から迫っていた黒騎士を切りつける。

 切りつけられた黒騎士は、少しだけ体勢を崩したが、すぐに持ち直した。

 ついに手を出してしまった。黒騎士に。しかし他に方法はなかった。

 あとはなるようになれだ。

 すくなくとも、黒騎士は攻撃の手を休める気配がない。

 このままではやられる。まずは身を守らねばならない。


「とりあえず……一旦、距離を取って体勢を立て直そう」

「承知」


 ハロルドが黒騎士の馬を傷つける。

 馬の足が止まり、ゆっくりと距離が離れていく。残された黒騎士はまだ健在だが、それもプレインが放った矢を受け、少しだけ怯む。


「追撃が始まるっスよ」


 プレインの予告どおり何本もの剣が黒騎士に向かい放たれる。

 黒騎士は盾で防いだが、はじかれた剣に馬がひるんだ。

 だが、それだけだ。体勢を立て直す余裕を黒騎士は与えてくれない。ハロルドが切った方の黒騎士がスピードを更に上げ、追いついてきた。

 黒騎士とゴブリン達の攻撃が続く。まるで協力しているかのように、互いの邪魔にならないような動きに翻弄される。

 そんな黒騎士とゴブリン達に急き立てられるように、馬は狂乱状態になり、道をそれ、眼前に広がる森へと向かい走って行く。


「そっちに行っちゃダメだ! ダメなんだ!」


 モペアの声が聞こえた。声をした方を見ると、オレ達の馬車に併走して、モペアが滑るように走りながらこちらを見ていた。


「そちらに行っちゃダメなんだ!」


 再び、モペアが声をあげる。


「駄目、馬が言うことを聞いてくれない!」


 その言葉にミズキができないと答える。


「くそくそ、じゃあ、あたしも」


 そういった時だ、モペアの背後からヌネフが現れ、モペアを羽交い締めした。

 そのまま、モペアを持ち上げゆっくり空に浮かぶ。


「放せ何をするんだ! ヌネフ、離せ! 今度こそ、あたしは、ノアを見失わないんだ!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。この先に、私達は入ることができないのです。あなた達で何とかして……」

「ふざけるな! ヌネフ!」

「モペアを常夜の森に入れるわけにはいかないのです。でも、私の全力で、少しだけ精霊の力がまとえるように力を貸しましょう。だから、お願い、生き残って」


 ヌネフの嘆願するような声を背に森へと馬車は走り続ける。

 ゴブリン達の集団に追い立てられ、馬は半狂乱の状態のまま落ち着くことなく、森へと駆け込んでいく。ヌネフの恐れる、常夜の森に。

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