第160話 ちゅうこく
「真っ赤だ」
4階に見て降りてきたサムソンが部屋に帰って来るなり、そう言った。
つまり、索敵できる4階の祭壇では真っ赤に写った。敵は赤く表示される祭壇だ。
敵が一杯ということなのだろうか。
「真っ赤?」
「マジだ。屋敷の周りが薄く塗られたように赤く染まっていた」
薄く塗ったように、一面赤い。前に見たときは、火が灯ったような表示だった。
火のような形ではなくて、一面が薄く赤いとは……。
予想外の答えだ。
何が起こっているのかは分からないが、やばい状況だと言うことはわかる。
だが、突然の出来事だ。何が原因で起こったのか、分からない。
「先触れだ先触れだ」
サムソンが4階へと行き、状況を確認する間続いていたガーゴイルの叫びは、サムソンが戻ってきてからも続いていたが、しばらくして止まった。
激しい雨は続き、雨音以外の音は一切聞こえなくなる。
「一体何だったんスかね」
「とてもびっくりしました。ただし、まだ油断はできないと思います。思いません?」
「屋敷に敵が近づけば、ガーゴイルが何とかしてくれる気もするぞ」
「どうする、警戒レベル上げとく?」
「一応警戒するに越したことはない。魔力を大きく消耗するが、しばらくは魔力を供給しつつ、屋敷の警戒レベルを上げておこう」
とりあえず、そんな方針を決めた時だった。
何か別の音が響いてくる。
馬の蹄の音だ。
『ドカカッ、ドカカッ』
音はどんどん大きくなる。それは、馬が近づいてきているからだろう。蹄のなる感覚がやや大きく、音が大きい。
「私が見てくるわ」
ロンロはオレの方をチラリと見て外へと消えていく。
次は何なのだろう。いきなり騒がしくなったな。
ロンロが帰ってくるのよりも、前に扉がどんどんと大きく叩かれる。
「リーダ! 早く出てこい」
聞いたことがある声、領主ラングゲレイグの声だ。
とても必死さを感じる声に緊急事態であることを感じ、すぐに扉を開けた。
せいぜいと荒い息をしながらびしょ濡れの領主はオレを見る。
「黒騎士が来る。お前達はこの屋敷を去って何処かへと行き、しばらく身を隠せ」
いきなりの話だ。
黒騎士。黒騎士が来るというのか。前にストリギの町で会った騎士。名前のとおり真っ黒な装備に身を包み、真っ黒な馬に乗った一団。確か、黒騎士の言葉は王の言葉、黒騎士の剣は王の剣、なんて言っていたな……。公爵でさえ、素直にその言葉に従っていた。権威のある存在なのだろう。
「あの、よく意味がわからないのですが……。黒騎士が何をしにこちらに来るというのでしょうか」
「全くわからない。だが、目当てはお前達だということは確かだ」
「そうですか」
場合によっては、朗報ってこともある……わけはなさそうだな。先ほどからのガーゴイルの件もある、嫌な予感しかしない。
「だが、あの黒騎士たちは何かがおかしい」
「おかしいと言われても……」
「いいか。私は王都の騎士団にいたからわかる。黒騎士は最低4人で行動する。だが今回は2人。それに、黒騎士の中でも序列がある。あの2人に、言葉を伝える資格のあるものがいない」
一瞬黒騎士が偽物でないかという考えが頭をよぎった。もし、偽物であれば領主がなんとか出来るのでないか……。
だが、そんなオレの考えを見透かすように、領主は言葉を続ける。
「真偽は確認する。だが、本物の黒騎士であれば、私は逆らうことができない。今の不確かな状況であっても、その動きを、行動を妨げることはできないのだ。せいぜい足止めが精一杯だ」
万が一、本物の黒騎士で、今回の行動も正当なものであれば、逆に領主の責任問題になるということか。
「つまり、本物かどうかを確認するための、時間が必要だと」
「いいか。お前が黒騎士に面と向かって歯向かってしまえば、私は領主としてお前を排除しなくてはならない。どんなに強い人間も、人の集まりから抜けては生きていけぬ。寄る辺ない場所で、安寧に暮らすることはできぬ。だが、お前が黒騎士と会うことがなければ、空いた時間で黒騎士が本物かどうかを確認することができる。たとえ本物であっても、要件によっては、お前たちをかばうことも可能だ」
「えぇ……」
まくし立てられた言葉を、上手く咀嚼できないまま、ただ相づちを打つしか出来ない。
ここから立ち去る? 時間を作ることができれば、領主がなんとかしてくれる……?
「話はこれで終わりだ」
領主はそう言い、足早に去っていった。馬に乗った後は、爆発かとも思うような大きな音をたて、とんでもないスピードで一気に姿を消す。
いつも逃げ足が速いなと思ってはいたが、本気だとあんなに速いのか。
「どうするんだ」
今まで領主は何だかんだ言ってオレ達の味方だった。その領主があんなに必死だったんだ、忠告には従うべきだと思う。
「この屋敷を、一旦出る」
ガーゴイルの叫びと、黒騎士。まず具体的な脅威への対策を採る。
そして、具体的な対策を領主が持ってきてくれた。
外に出るのはリスクだ。だけど、領主のいう事もわかる。オレ達が最も敵にまわすべきではないのは、黒騎士でなく……ギリアの町とのつながりだ。
「わかりました」
「……了解っス」
オレの屋敷を出るという言葉に、特に異論は出なかった。
「とりあえず必要なもの全部、オレの影収納の中に投げ込め。荷造りを足早に済ませて、ここを立ち去るんだ」
決まったら皆がバラバラに動く。必要な品物をみんなで持ち寄り、オレの影へと投げ込む。多くの書物に、服にエリクサー、その他もろもろだ、もうなんでもかんでも手当たり次第に投げ込む。
ノアは、その様子を呆然と見つめていた。
そして、短時間で一通りの準備を終え、屋敷から出ようとした時だった。
「リーダァ、あなたは本当にここを捨てるの? 置いて行っちゃうの?」
ロンロが焦った様子でオレの前に立ち塞がる。
……置いていく?
「いや……」
「置いて行っちゃうの嫌だよ。嫌だ。おいていかないで」
ノアは泣き出し、俺の手を掴んだ。
その時だった。
ズルズルと足下から何かが這いずり出してくる感触があった。
ミズキの足元に、真っ白い茨の形が見えた。
オレの足にも、チリチリとした軽い刺激を伴って、何かが這い上がってくる感触が続く。
そして、激痛が走った。
皆が痛みでうずくまる。皆と言っても、オレと同僚達だけ。つまり異世界から来たオレ達だけだ。
何が起こった?
「行っちゃダメ、行かないで」
「置いていかないで」
ロンロが喚き、ノアが泣きながら俺の手を掴んだまま離さない。
これはノアの意思なのか? もしかしたら、奴隷に与える罰の一つ?
だが、違う。
これは誤解だ。ノアを置いていくつもりはない、オレはノアを抱きしめて言う。
「誰も置いていかない。皆一緒だ。それに、ここを出て行くと言っても、少し間、離れるだけだ。ストリギにもお出かけしただろう。同じようなもんだ。すぐに戻ってくるさ」
パッと痛みは引いた。茨もなくなっている。
『パンパン』
手を叩き、呆然とする皆を前にもう一度言う。
「さあ、さっさと支度をして出よう」
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