第十章 雨の激しい嵐の晩に

第159話 くもりのひ

 ストリギの一件以来、皆、町へと行くことが増えた。

 マリーベルやラノーラと、そしてその一座の人達と会うためだ。何だかんだと言って、仲が良くなって踊りを習うことも増えてきた。

 思いもしなかったが、踊るというのはなかなか楽しいものだ。

 小さな小さな簡単な動きを繰り返し、まとめて見れば、立派な踊りになってしまう。

 外にある湖に自分を映すと、クルリと自分が回る姿が映る。こうやってうまく踊れるのを見ると、とても嬉しいし楽しい。

 一番上達したのはノア、そしてミズキとカガミ。

 プレインも踊りが上手だ、結局のところ、オレとサムソン以外はみんな上手だ。


「あたしはリーダが一番上手だと思う。めちゃくちゃ笑える」


 モペアの感想はあてにならない。

 ちなみにハロルドも踊るのがうまい。

 元々、踊れるらしい。社交ダンスを彷彿とさせる動きだ。なんだろう、あんな筋肉ダルマが華麗に踊っているのを見ると、微妙な気分になる。

 ただし、今にも雨が降りそうな今日は町に誰も行かなかった。

 暗い暗い曇りの日だ。

 もっとも、そんな落ち着いた日もいい。パチパチと鳴る暖炉の音を聞き、のんびり細工物をする。簡単な木工細工だ。魔導具を作るにあたって、木片や布を使っていろいろ作る。魔法がなければただの手芸だが、これに魔法陣を組み込むと途端に不思議な魔導具になる。まだ実用的なものは作れていないが、そのうち挑戦したい。

 テーブルを片付けて、空いたスペースでたまにミズキやノアが踊る。ハロルドは犬の姿で踊りに合いの手を入れる。

 特に今日は、遊びに来たクローヴィスも踊りに参加している。ついでに楽器の演奏も披露してくれた。椅子に軽く腰をかけて、演奏したのはゆったりしたリズムの曲だった。


「貴族のたしなみさ」


 演奏を褒められて、真っ赤な顔で照れた調子のクローヴィスが言う。


「明日のまたその明日、お兄ちゃん達が帰る日でち」


 チッキーが色々と準備をしている。


「そっか」

「なんだかずいぶん久しぶりのように思います。思いません?」

「前のお休みは、お休みを止めて、お仕事をしたでち」


 トッキーとピッキーは、たまに仕事を手伝っている。実地訓練といったヤツだ。すこしだけお小遣いも貰うそうだ。


「あっ、そうか、久しぶりだと思ってたら本当に久しぶりだ」

「シチューをつくりましょう、ピッキー君が好きです」


 そんな取り留めのない会話を続ける。いつもの平和な日。

 その日は夜が近づくにつれて次第に雨が強くなってきた。まるで俺たちがこの屋敷に来た時のように強い、激しい雨だ。


「久しぶりっすね、こんな強い雨」

「確かにそうだな、前にこんな雨にあった時にはもっとこの屋敷はボロボロだったけど、今は随分と快適だ。こんなに快適なんだから、雨音もなんだかいいBGMっていう感じだよ」


 そんなことを言ってのける。快適で安全な空間にいて、外に出る必要がない場面での雨はそんなに嫌いじゃ無い。出勤だったら、最悪な気分だけどな。


「雨漏りもしなくなったしね」

「そうだな、トッキーとピッキーには感謝しないとな」

「暖かいポタージュスープ作ってみました」


 カガミが部屋へと戻ってくる。続けてふわふわと8つのジョッキが空を飛んで入ってくる。魔法で飲み物を運んでいるのだ。

 いくつか作った新魔法の一つ。普段の生活にもガンガン魔法を使っている。

 雨の音を聞きながら、マメのポタージュスープを飲む。ストリギで購入したハーブ類のおかげで料理の幅も広がった。最初は、香料がこんなに高いのかとびっくりしたが、買って良かった。料理には香りも重要だ。


「うーん、こう雨が激しくちゃ、今が何時だか全くわかんないっスよね」


 確かにそうだ。まだまだ夕方になった頃、そんな時間なはずだ。いつもは、空の明かりでだいたいの時間を把握している。んで、眠くなったら寝る。

 今は……そうだな、元の世界でいうと5時ぐらいか。単なる山勘だけど。


「まあ、時間なんてどうでもいいや。どうせ明日も明後日も、毎日が休みなんだからさ」

「相変わらずリーダは、気楽だよね」


 本当にのんびりした平和な一日だった。

 だが、そんなのんびりとした日常は唐突に終わりを告げた。


「先触れだ先触れだ」


 突然聞いたことのない声が辺りに響く。はっきりとした聞き取りやすい声だ。


「なにこれ?」


 ミズキが天井を見上げる。声は頭上から響くように聞こえてくる。

 まるで警報のように。


「先触れだ先触れだ! 悪意の下僕が来る」


 アクイノゲボク?


「大変、ガーゴイルがぁ、外で叫んでるのぉ」


 ロンロが慌てた様子で部屋へと入ってくる。

 沢山のガーゴイルが、声を揃えて叫んでいるらしい。

 ガーゴイル。

 この屋敷の設備の一つだ。それが叫んでいる、何かが来るというのだろうか。


「ロンロ、何か知ってる?」

「知らないわぁ」

「どうしよう」


 不安げな顔をしてノアがオレを見上げる。


「うん、何のことやらさっぱりだ……そうだジラランドル」


 カガミが頷き、魔法陣を広げ、ノアからパイプを受け取り、魔法唱える。

 すぐに昔の管理人であるブラウニーのジラランドルが召喚される。


「先触れってガーゴイルが叫んでるんです。何か思い当たりません?」

「恐らくそれは敵の襲来を知らせるものですワイ」

「敵?」

「そうですわい、詳しくは知らんけん。うまくは言えないが、この屋敷には敵の襲来を知らせる、そんな権能があるですワイ」

「ノアちゃんマスターキーを貸してくれないか?」


 サムソンが言う。


「屋敷の権能で敵の位置を調べてみる」


 時間制限のあるハロルドはギリギリまで温存しておきたい。何が起こるかわからない。警戒しつつ、対応を考える。

 オレ達にとって転機となる、印象深い1日はこうして本当の始まりを告げた。

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