第143話 ほわいとりすと
『階級、多重命約奴隷。所有者ノアサリーナ。命約数74』
鏡越しにみたときに、所有者が変わっていたので焦ったが、直接みるといつもと同じ。
どういうことだ。
――その身分ですら、相当高度な偽装が施されている。
ふと、黄昏の者スライフの言葉を思い出した。
そうか。鏡越しにみた表示が、他者から見える表示。そして直接見たとき見えるのが真実の表示か。なるほど、あの奴隷商人ザーマは、所有権の移転を確認しなかったわけでなく、確認していたのか。確認して移転していたから、調子に乗ったと。
今、目の前にいるストリギの領主のように。
「なんだ。そういうことか」
酷く安心したせいか、変な声が出た。
「お前! 何をした!」
領主はガタリと音をたて、立ち上がり、オレを怒鳴る。
きっと罰が上手く与えられないことの原因をオレに求めたのだろう。
何もしていないけれど。
「リーダ?」
「そちらの領主様は、ミズキとカガミの所有権を自分のものにしようと考えたのですよ」
「え?」
「ご心配なく、そんなことにはなりません」
不安そうにオレの名前を呼んだノアに、状況を説明する。
「この者達を捕らえろ!」
安心しきったオレの態度が、領主の心情を逆なでしたのだろう。そらに強く怒号を響かせた。
兵士がオレ達に向かって剣を構える。
怒りに真っ赤な顔をした領主にくらべ、兵士達は及び腰といった風にみえた。
「どうすんの?」
「ガルルルル」
ミズキとハロルドは何時でも行けるといった調子だ。
このまま捕まってもロクなことになりそうもない。かと言って戦うのも後始末が面倒だ。
困ったな。
「抵抗しても無駄だ。お前達、魔法使いになにができる」
落ち着きを取り戻した領主が、余裕な感じでオレ達に問いかける。
なんとなく、奴隷商人の時と一緒だなと思う。
あの時と違うのは、オレ達が、この世界について知恵をつけているということか。少なくとも奴隷の所有権移転については、安心して対処できた。
そして、今回。
「ひょっとして領主様は、我々の魔法を封じたということでしょうか?」
「あっ」
オレの問いかけに無言で笑う領主。後ろではプレインが、焦りの声を上げていた。
領主は、領地内で使える魔法に制限がかけられる。
以前にヘイネルさんに聞いたことだ。そして、それは本当だった。電撃がほとんど威力を示さなかったように、今回も制限がかかっているのだろう。
だが、それも対処はできる。
「サムソン、ゴーレムの手を出してもらえる?」
「いや、お前、いま制限されてるって……」
「大丈夫。それとも触媒とかが足りない?」
確信がある。サムソンの魔法は普通に使えるはずだ。
「問題ない。対処済みだ」
そういってサムソンがポケットから小石と手帳を取り出し魔法を唱える。制限されることもなく灰色をした巨大な手が出現する。
「な?」
絶句する領主。再び真っ赤な顔になる。
どうにも、感情の起伏が激しい人だ。
「使えるな」
「どうしてなんですか?」
サムソンに聞き返され、カガミに質問されて、トリックについて今まで同僚に説明していなかったことを思い出す。
不思議そうに質問を投げかけてきたカガミに説明する。
「ブラックリストだったんだよ」
オレは影から、武器の入った箱を取り出し話を続ける。
「魔法の制限は、ブラックリスト。つまり電撃は制限する。魔法の矢は制限するといった風にね。だから、誰も把握していない魔法は制限できない」
「なるほど。ブラックリストですか。ホワイトリストだったら危なかったと思います」
「ほわいとりすと……?」
「あとで教えてあげよう」
ノアに笑顔で伝えつつ、さらに影からバリスタを取り出し、領主へ向ける。
「どういうことだ?」
「領主様が、私達の魔法を制限することはできないのです。どうしますか? 戦います?」
「呪い子が……」
「私達は、別にもめ事を起こしたくないのです。事前に、許可も、迎えの者もいると聞いています。今一度確認をとっていただけませんか?」
戦ってもろくなことにならないだろう。できれば、見落としがないか確認して欲しいと領主へと語りかける。
領主は無表情ながら顔が真っ赤だ。そんなこと呑めるかといった感じだ。
困った。お互い引けない状況になったのかもしれない。
「面白そうだな」
しばらく続いたにらみ合い。たったの一言で状況は一変した。
「ラングゲレイグ。なぜ其方がここに」
ギリアの領主ラングゲレイグが開かれた扉の外に立っていた。
楽しそうに笑うラングゲレイグを、ストリギの領主は睨み付け問う。
「命令されたからだ。ストリギにも王都から話が来ているだろう」
「王都? 命令?」
「詳しいことは自分で確認すればいいだろう。相手が其方だ、使いの者では事が進まぬと私が来たのだ。そのうえ取り次ぐように言っても話は進まぬ、しょうがなく……だ。リーダ、主と共に下にある馬車に乗れ」
よく分からないが助かった。ありがたく指示に従おう。
「畏まりました。ところで、命令とはどなたの命令でしょうか?」
「サルバホーフ公爵閣下だ」
ラングゲレイグは楽しそうに笑って答えた。
その後、ギリアとストリギ、2人の領主が何やら話をしている間に、そそくさとバリスタなどを片付けて下に降りる。
「私は決して忘れぬ。憶えておれよ」
ストリギの領主はオレが部屋から出て行くとき、そんな言葉を投げかけてきた。
憶えておきたくないよ。忘れたい。
入り口には2台の馬車が待っていた。オレは前、残りは後ろの馬車に乗るように言われる。命令口調だったが、危機を脱した安心感から、素直に従うことができた。
「公爵閣下がお前達に会ってみたいと言われている」
後から乗り込んできたラングゲレイグは、オレ達を迎えにきた理由をそう説明した。
「要件は? 何か準備が必要なのでしょうか?」
会いたいといわれても、何の前準備もなしでは不安だ。どうしよう。
「知らぬ。私は、お前達を連れてくるよう言われただけだ。話を受け、すぐに城へと連絡したら、其方達はすでに出発したというではないか。渡りに船だと思ったぞ」
なるほど。ヘイネルさんが言っていた許可とはこういうことか。領主より上の人が、オレ達をストリギまで連れてこいと言ったから。呼び出しておいて、滞在は許さないという話はないからな。
それならそうと、もう少し詳しく言って欲しかった。
「そうでしたか。ところでサルバホーフ公爵閣下とはどのようなお方なのですか?」
具体的な要件が分からない以上、どんな人物かくらいは知っておきたい。
「公爵閣下は、15のときには当時の騎士団長を打ち負かす剣の名手となり、さらにそこから当時悪名をとどろかせていた凶竜ギジゲドを単騎にて討伐。その後も、幾たびもヨラン王国の災いをその剣にて沈めた。加えて一軍を率いればその才は他に類を見ない程見事であり、王都より南カウスハの……」
話が長い。
途中から聞くことに疲れて適当に相づちを打つだけになった。
とりあえず凄い人だってことはわかったよ。うん。
そんな領主の熱のこもった話は、宿に着くまで続いた。
「また日時を定め、指示を出す。それまで、宿から出るな。必要な物があれば、宿の者へと伝えろ」
別れ際、そんな事を言われた。
さて、サムソンの要件もある。どうしたものかな。
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