第142話 となりまち

 船が隣町の船着き場へと近づく。

 近づいてわかる。ギリアよりもずっと栄えている。賑やかなのだ。

 ギリアよりも密度が高い。ギュッとつまった感じだ。


「あの町って本当に寂れていたんだね。湖の向こう側がこうだと、実感しちゃう」


 ミズキの感想を聞いて頷く。

 エレク少年は、装飾のある四角い盾が印象的な兵士と、何やら打ち合わせをしていた。

 朝になって気がついたが、この船はエレク少年の貸し切り状態だった。

 同乗していたのは、船乗りを除けば、エレク少年の護衛と身の回りの世話をする人達ばかりだ。オレ達よりも身なりがいい人が付き人だとは、彼は今回どのような立場なのだろう。

 もっとも、それよりサムソンだ。

 ストリギについてからの事を何か考えているのだろうか。

 ちなみにエレク少年も、ストリギの事はそれほど知らなかった。もちろん、何が特産だとか、宿はどこにいけばいいのか等は知っていたが、踊り子については知らなかった。

 領主への面会ができるような伝手も無かった。

 もともと頼るつもりはなかったが、手がかり無しは辛い。まずは、連れ去られた踊り子を追っていったマリーベルという人を探すところから始めるしかないだろう。

 それに迎えもいるらしいし、迎えの人にも踊り子について聞くのもいいだろう。

 だが、ストリギの船着き場についてから、そんな予定は一気につぶれた。

 船から下りてエレク少年と別れたところで、兵士に囲まれたのだ。


「領主の命令です。同行を」


 一人前に進み出た兵士が事務的な口調でいった。


「許可はでていると聞いていますが」

「私は命令を聞いているだけです。同行を」


 とりつく島もないといった調子だ。


「どうしよう」


 心配そうに呟くノアに、ハロルドを抱きかかえ手渡す。

 続けて、小さく耳打ちする。


「合図したらハロルドの呪いを解除してね」


 コクリと頷くノアとハロルド。


「ところで、どこまで同行すれば宜しいのでしょうか?」

「領主の館だ。そこで領主自らが尋問される」


 尋問という言葉に引っかかりを感じるが、ヘイネルさんには大丈夫という確認をもらっている。案外、情報の伝達がうまくいっていなくて、実はこの兵士が迎えの者でしたということもあり得る。逃げてもあてはない。船に戻る手もあるが、それではストリギに来た意味もない。


「では同行しましょう。この町は初めてきたのです。町並みと、道を、しっかりみておきましょう」


 ノアと同僚達へ、芝居がかった口調で伝える。


「そうですね。道に迷うのもこまります」


 万が一のために、逃げ道を確保したい意図もくみ取ってくれたようで安心する。

 そうして、兵士達に幌のない馬車に乗せられ町を進むことになった。ガタガタと舗装された道を進む。質素な荷車といった感じだが、天気がいいので悪い気がしない。

 ギリアの町にくらべて、道が細く、人の往来が多い。密集した建物が圧迫感と存在感を放つ。


「あ、良い匂い。なんだろ、アレ」

「ありゃ、魚のパンだ。ストリギでしか食えないパンなんだなぁ」


 ミズキが建物の店先をみて声をあげたとき、御者が振り返り説明してくれた。


「魚のパン? 変わった名前ですね」

「そうかもな。オレ達は、子供の頃から食ってるけどな。そのまま食ってよし、焼いてよし、スープの具にしてもいいもんだ」


 誇らしげな御者の言い方に、彼がこの町が好きなんだと感じる。

 魚のパンか。見た目や店先から漂う香ばしい魚の焼ける匂いから、ちくわやカマボコといった魚の練り物だと推測した。機会があれば食べてみたい。

 オレ達が、魚のパンに好印象をもったことに気をよくしたのか、御者は併走する兵士など知らない顔で、いろいろ説明してくれた。おかげでちょっとしたストリギ観光になった。

 途中、ひときわ高い建築中の建物の側を通った。ゆらゆら揺れる木製の足場に、多くの大工がちょこまかと動く姿にハラハラする。


「あれは魔術師ギルドだ。赤の月までに完成させるために突貫工事中だって話だ。まだまだ雪が降るってのに、お貴族様も……いやはは大変だよな」


 マントを羽織った兵士に睨まれ、愛想笑いの後、御者は黙ってしまった。これで観光気分も終わり、すこし残念だ。

 いろいろと物珍しいストリギの町並みにも慣れてくると、細く入り組んだ道にゴミなども落ちていることに気がつく。ギリアに比べ少し汚い。栄えている代償なのかもしれない。


「ギリアの方がいいな」

「ギリアの方がいいの?」

「そうだね。ここは人が多すぎる、あまり賑やかじゃない方がいいなってね」

「それならお屋敷はもっと人が少ないからいいね。早く帰りたいね」

「問題、全部解決して、すぐに帰るさ」


 辺りを眺めながら話をしていると、領主のいる屋敷へと着いた。

 ギリアのように、城ではなかった。どちらかというと、商業ギルドに似た屋敷だ。オレ達の住む屋敷と同じくらいの大きさ。庭が広い分、大きさではオレ達の屋敷に軍配があがる。

 ただし、見た目は大負けだ。舗装された道、細かく整備された内装。ぼろい我が屋敷とは比ぶべくもない。


「やたら若い女の子が多いよね」

「確かにそうっスね」

「趣味かな」


 使用人には若い女性が多かった。絶対、趣味だ。嫌な予感がしてくる。

 最後に、大きな部屋へと通された。

 だだっ広い部屋に、大きな机がおいてあり、一人の男が座っていた。取り囲む兵士に、若い女性のメイド、職人風の男が大きな布の束をもってキョロキョロしていた。

 あとは、小さな台とその側には大きな鏡。鏡にはミズキとノアが映っている。

 お香が焚いてあり、部屋に線香の匂いが充満している。

 ストリギの領主は、太って脂ぎった男だ。側に大きな水晶玉がはめ込まれた杖が置いてあることから魔法使いなのだろう。


「呪い子か」


 領主は頬杖をついて、よく通る声を出した。


「はい。こちらが……」

「喋るな気色悪い」


 オレが声を出した直後、遮られた。こちらの言葉を聞く気はないようだ。


「許可は出ていると、それに迎えの者がいるとも伺っています」


 だが言われっぱなしでは不味いので、主張することだけは、簡潔に主張する。


「出していない」


 切り捨てるように、否定したかと思うと、領主は言葉を続けた。


「まぁ、要請があったとしよう。だが、ギリアの田舎者が言ってきたところで言うことを聞く必要はない。馬鹿馬鹿しい」


 ヘイネルさんは大丈夫だとも、迎えの者を出しているとも言っていた。要請しただけで、そんなことを言うとは思えない。だが、領主が許可を出していないというのも嘘ではないだろう。

 何か見落としている気がする。


「まぁよい。通行料をよこせば2・3日は滞在をゆるしてやろう」


 通行料? お金で解決するということか。結構ふんだくられそうだけれど、足りるかな。


「ちなみにどれくらいを?」

「話の分からぬやつだ」


 領主は吐き捨てるように言った後、側にあった杖を手に取り、小さな声で何かを呟いた。何かの魔法かと思い身構える。だが、何もおきない。


「……なにも起きない」


 カガミが安心したように呟く。


「そこの女2人だ。通行料だ。早くこちらへ来い」

「は?」


 通行料に、カガミとミズキをよこせと?

 アホかと。オレの後ろにいるミズキも不快感をあらわに、領主を睨み付けている姿が鏡ごしに見える。

 領主は、そんなミズキを一瞥すると、再び小声で何かを呟き杖で2回床を叩き、ミズキを見た。


「カガミとミズキに、激痛と盲目の罰を与える」


 その言葉で領主が何をやったのか気がつく。再び、鏡越しにミズキをみる。


『階級、奴隷、所有者ブースハウル』


 は?

 オレは慌ててミズキに振り返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る