第136話 いだいなるかぜのせいれい

「痛がってる、手を離してあげたら」

「そうだな」


 モペアが掴んだ手を反した途端、さっと距離をとった風の精霊ヌネフ。

 性別がわからない。中性的な顔だ。

 ヌネフはしばらくオレとモペアを見ていたかと思うと、パッと消えた。


「消えたぞ」

「そうだな。あいつの事だから、登場する所をやりなおしたいんだろ」


 しばらく静かな時がすぎる。


「物音がしたけど、何かあったのか?」


 サムソンとノアがやってきた。

 子犬のハロルドも一緒だ。


「あぁ、今……」


 オレがヌネフについて説明しようとしたときだった。


『パァーパー』


 小さくファンファーレが鳴った。

 空がキラキラと小さく輝き、ヌネフがゆっくり実体化し、降りてくる。


「あいつ、あれ、自分で音鳴らしたり、空をキラキラさせたりしてるんだよ」

「へー」

「迷える子羊たちよ……」

「早く降りろ」


 ヌネフがゆっくり降りてくるところを、モペアが足を掴み引っ張る。


「せっかくの登場シーンが……」

「音鳴らしたからいいだろ。あたしは気が短いってしってるだろ。早く名乗れ」


 オレ達を一瞥し、フワリと浮き上がりヌネフは名乗る。


「私は、偉大なる風の精霊シルフにして、あなた方の旅を手助けする者。名はヌネフ。偉大なる風の精霊ヌネフとお呼びなさい」

「ヌネフもずっと一緒にいたの?」

「いいえ。ノアサリーナ。貴方が……そう、あの時、気配を察してきたのです。モペアより、ほんの少しだけ先に、見つけたのです。姿を見せなかったのは、モペアが……」

「うるさい」


 ヌネフが何かを言おうとしたときに、それを遮るように言葉を発し、モペアがヌネフに近づいた。ヌネフは、無言で少しだけ離れてボクサーのようにファイティングポーズを取る。

 この二人のやり取りをみていると、顔なじみで、仲がよさそうだ。

 そして、ノアはそんな二人とも知っていた。


「とにかく、オレ達の言葉はヌネフが通訳をやってくれていたのか」

「その通りです。言葉には想いがこもります。私は、その想いを読み取り、言葉を換えて、他者に伝えていたのです」


 つまりは翻訳してくれていたと。ノアとモペアが喧嘩していたときは、一時的に翻訳を止めていたということか。だから、途中から二人の会話が理解できなかった。


「そうか。翻訳してくれてありがとう。ただ、急に翻訳を止められると混乱するから、ずっと翻訳してほしいよ」

「あれは聞くに堪えない罵詈雑言でしたが……よろしいでしょう。私は偉大なる風の精霊。頑張り屋さんなのです」

「これからも頼むね。そうだな、あと皆にも紹介しておきたいんだけど」

「そうだな。いってこいよ。あたしは寝る」


 ヌネフの背中をポンと叩いて、立ち去ろうとしたモペアの髪をガッと掴んでヌネフは首を振る。一人は嫌ならしい。


「モペアも」

「……ったく、しょうがないなぁ」


 こうして始まった朝食前の、ちょっとした自己紹介。

 話の流れで、朝ご飯も一緒に食べることにした。精霊は、別に食べなくても死なないが食事できないわけでもないらしい。

 デザートのドーナツは、ヌネフが気に入って美味しそうに食べていた。


「ところで、どんな文字が読めるのも、ヌネフがやってるん?」

「違う違う、ヌネフにはそんなことできないよ。それはきっと、バンシャ……」

「モペア!」


 サムソンが、どんな文字も読める事について質問したとき、モペアが何かを話そうとした。

 だが、それは強い口調のヌネフに遮られる。二人は、どんな文字でも読める事について何か知っている。そして、少なくとも風の精霊であるヌネフによるものでは無いことは分かった。


「教えて欲しいと思います。駄目なんでしょうか?」

「それは貴方たちが自らの手により調べることなのです。そう……私達には壮大にして偉大な計画があるのです。パァー」


 ゆっくりと透明になってヌネフは消える。計画か……。


「あいつ、音出すの失敗して、口で効果音言ってた。アホだな。えっとな、計画とかいってたけどさ、あたしたちじゃ、うまく説明できないんだ。この話で精霊の戯れ言を起こすわけにいかないからな」

「精霊の戯れ言?」

「ドライアドやノームの言葉に惑わされて一生を棒にふるうことねぇ」


 不確かなことを説明して、ミスリードになるより、1から調べろってことか。秘密主義かと思ったが、本当のところはオレ達を思いやっての言動になる。意思の疎通は難しい。


「だから、あんた達が……自分で調べてくれ。それ、魔法によるものだからさ。じゃ、あたしも帰るな。ごちそうさん」


 魔法によるもの。他にはないからそうではないかと薄々感づいていたけれど、やはりそうか。

 この世界のことを知るには、魔法は避けて通れない。もともと、調べている。このまま調べ続けていたら、いつかはっきりするだろう。

 オレ達の反応をしばらく見ていたかと思うと、モペアはピョンと軽快に椅子から飛び降りて、広間から出て行こうとする。


「お姉ちゃん。何処に帰るの?」

「外の一本木だ。あたしは眠いんだ。また明日」


 満面の笑みでノアに笑いかけると、モペアは広間から出て行った。

 また明日か。こうしてみると、一気に住人が増えたな。

 ハロルドに、モペアに、ヌネフか。

 もっとも、全員、屋敷に部屋が無いから、厳密には住人ではないのかもしれないが。

 細かいことはどうでもいい。賑やかにはなった。


「えへへ」

「賑やかになるね」

「うん。ママが……居なくなったから……お姉ちゃんはお姉ちゃん辞めたのかと思った」

「お姉ちゃんを辞めるっスか?」

「私がね、赤ちゃんの時に、ママがお願いしたの。お姉ちゃんになって味方してあげてねって」


 そっか、ドライアドという精霊であるモペアをお姉ちゃんと呼ぶのは、ノアの母親が願ったからか。


「ヌネフも、ノアノアのお姉ちゃんなの?」

「ううん。ヌネフは、ママのお友達」


 ノアは、ハロルドにせがまれるままに魔力を流しながら答える。


「それにしても、さすが姫様。これほど沢山の精霊とよしみを結ぶとは、感服でござる」

「へー。そうなんスね」


 呪いが解け、オークの大男になったハロルドが得意気に説明する。

 精霊は滅多に人前には姿を現さないそうだ。そして、一体でも好きなときに呼び協力を願えるような者は、精霊使いとして国への仕官も思いのまま、平民が爵位だって望めるらしい。

 確かにそうだろう。どの精霊をみても、相当強力な力を使う。どこでも水を生み出せ、火を焚いて、言葉の翻訳……一体の精霊が協力してくれるだけで生活環境は一変する。


「何気なく助けてもらっているけど、どれをとっても、魔法でやるには大変だろうな」

「歴史に残る大精霊使いと呼ばれた者でさえ、3体の精霊に助力を願うのが限界だったのでござる」

「へー。5体の精霊がいる状況は相当なもんっスよね」

「皆がいるから、モペアだって、ヌネフだって、サラマンダーもウンディーネも、ウィルオーウイスプだって味方してくれるの」

「そっか」

「あのね。これからも一緒にいてね」


 そんな風に、賑やかな今を嬉しそうに話すノアの笑顔が印象的だった。

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