第135話 つうやくしたのは
ドライアドの一件があった翌日。
朝早く目が覚めたので散歩することにした。
雪が積もっていたときには、飛翔魔法を練習していたのだが、最近は大抵寝ている。こんなに朝早く起きたのも久しぶりだ。
まだまだ寒く、吐き出す息も白い中、屋敷を一周散歩する。
「今日はリーダか。この辺りには何も落ちてないぞ」
裏庭の一本木の辺りに来たとき、木の上からドライアドが降りてきた。
屋敷の外に住んでいるのか。
昨日、屋敷に戻ったあと、ドライアドはモペアと名乗った。
ずっと一緒に旅をしていたが、何かがあってはぐれてしまったそうだ。
一生懸命に探して、この屋敷を探し当てたときにはオレ達がいたらしい。
それからは、ハロルドに見つかるまではこっそり様子をみていたという。
「朝の散歩だよ」
「昨日は、サムソンがこの辺り走ってたな。なんだ、木の実が落ちていないか探しているわけじゃないのか」
サムソンはジョギングか。もしかすると、鉢合わせるかもしれないな。
「モペアは、ずっと木の上にいたのか?」
「最近は、そうだな。じじいがのんびりして行けって言うしな」
「じじい?」
「コイツ」
モペアが一本木を軽く蹴り飛ばした。
昨日もなんとなく感じていたが、結構暴力的というか、暴れん坊だな。
「おじいちゃん蹴っちゃ駄目だろ。お年寄りは敬わなきゃな。屋敷の部屋を使ってもいいんだぞ」
「昨日も言ったろ。あたしは好きなとこにいるんだ。それに、屋敷にいたらコキ使われてしまう」
昨日の自己紹介の後、ちょっとした雑談をした。
「あたしだって、お皿を作ったり、メテの実にお願いしたりして、助けてあげたんだからね」
「メテの実?」
「カロメーばかりだと、すぐ飽きちゃうじゃない。あんた達、人って、同じ物ばかり食べてると不機嫌になっちゃうのよね」
あの温室にある味が変わる不思議メテの実、あれの味をドライアドが、モペアが変えていたというのか。
確かにな、トマトが手に入ると、みんな喜んでいた。
「温室にお願いしたから味が変わったと思ってたっスよ」
「あたしが、あんた達の想いを読み取って、故郷の食べ物に似せてやったのよ」
なるほど。
ん?
それじゃ、前にあったわさびの一件は……。まぁ、いいか。あんまり追求するのはよそう。
「それにしても、得意げに言っているが、それならもっと早く出てくればいいのに」
「あたしは、慎重なのよ。あんた達が悪者でノアをいじめるかもしれないじゃない。様子をみてたのよ」
「さすがお姉ちゃんだ」
「まぁね、約束したの。せめて11歳になるまで、お姉ちゃんになって味方してあげてねって。だから、あたしはお姉ちゃん」
「なるほどっスね。じゃ、モペアちゃん、メテの実を5個くらいわさび味に変えて欲しいっすよ」
「あ、私はミカン味がいい」
「モペアちゃんだと子供みたいだろ。あたしの事は、モペアかモペア様か、ノアのお姉ちゃんと呼べ。あと、メテの実……めんどい。寝る」
そう言って、部屋から出て行って、それから消えてしまっていた。
夕方頃には、台所にリクエスト通りのわさび味とミカン味になったメテの実が置いてあったから、心配はしていなかった。
コキ使われるというのは、メテの実をミカンやわさび味に変えることを言っているのだろう。
そんなことを思い出した。
「モペアは頼りになるからな」
「あたりまえだ。お姉ちゃんだからな」
「それにしても、昨日はいろいろ驚いたよ。急に言葉が通じなくなったりしてな」
あの時、ノアとモペアの会話が急に分からなくなった。
言葉が理解できなくなった一件は、少しショックだった。原因があるのであれば潰しておきたい。
「オレ達が話す言葉と、ノア達の話す言葉が違うんだ。いままでは、なぜか通じていたんだけど、昨日は急に分からなくなった。モペアがやったのか?」
「言葉……あたしにできるわけないだろ。全部分からなかったのか?」
「そうだな、モペアが、お姉ちゃんじゃないとか言ってたあたりかな……」
「んんん……」
モペアはほっぺを膨らませて唸ったかと思うと「そうか」と小さく呟いた。
「何かに気がついたのか?」
「リーダは、あたしの味方もしてくれたし、良い奴だから、教えてやる。ついてきて」
元気よく何処かへとモペアが走って行く。言われたとおりについていく、ゴールは屋敷にある池のほとりだった。
「ここがゴールなのか?」
「そうだよ。お前がたまに、上着脱いで自分をみてニヤニヤしている池。リーダ。ちょっと、あたしに難しい事言ってみて」
クソ、コイツ見ていたのか。まぁ、いいや。
「難しい事って?」
「すごくすっごく説明が難しい事だ。人はそういうのが得意だろ?」
難しい事? いきなり何をいっているのだろうか。
とりあえず言われる通りにしてみるか。
「オレの仕事って、業務請負のはずなんだけどさ。いざ作業すすめていると直接あれこれ指示されるわけだよ。だからさ、これって偽装じゃないかと常々思ったりするわけだ。たまにニュースなんかになると、相手がピリピリしてさ、ついたて立てて、これで指揮命令系統は独立しているとか言い出すんだけど、同じ部屋で声が通ったら駄目だと思うんだ……こんなのでいいの?」
べらべらと適当だけど、専門的な話をしてみる。こちらの世界にない要素ばかりだ。難しい事といわれて、職場での愚痴になってしまった。なかなか社畜根性が抜けない。
オレの話を聞いて、モペアは眠そうな顔をしていた。話を聞いていたのかも怪しい感じだ。
「なるほど、わかりにくい。んー。これはひょっとして言葉が上手く通訳されていないのかなぁ」
「さすがに無理かもね」
「んー。無理かもしれないかなあー。もう一回何か説明して」
「徹夜続きでヘラヘラ笑いながら仕事してたら、レコード消しちゃって、魚が家具売り場で売られるようになっててゲラゲラ笑っていたら、朝になって本番か、……」
「キャハハハハ!」
オレがリクエストに基づいて、再度専門的な話をしていたら、急にモペアが笑い出した。
一瞬なにが起こったのか分からないくらい唐突だった。
「おい、どうし……」
「キャハハハ。必死! 必死!」
モペアはゴロンと転がり、お腹を押さえて爆笑している。
何がそんなにおかしいのかさっぱりわからない。
呆然としているオレにお構いなしにモペアは笑いながら言葉を続けた。
「顔、真っ赤。真っ赤。必死すぎて笑える。お前、自分の顔みてみろよ。真っ赤すぎ。キャハハハハ」
顔?
『ポチャン……』
水音がした。
そちらをみると、とても白に近い金色をした髪の人が、池をのぞき込むように見ていた。真っ白な鳥の羽が背中から生えている。まるで天使のような風貌。先ほどの水音は、髪の一部が、池の水につかった音のようだ。
「真っ赤じゃ……ない」
金髪の人は、モペアをみて呟く。
「見つけた!」
そして、それと同時に弾けるように起き上がったモペアは一直線に金髪の人影に近寄り、髪を思いっきりつかみ、持ち上げた。
「こいつだ。お澄まし顔のヌネフ。風の精霊シルフのヌネフだ。こいつが通訳しなかったから、あたしの言葉が分からなくなったわけよ」
「イタタ……」
髪を引っ張られた金髪の人は、呻くように痛みを訴えている。
風の精霊?
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