第130話 おうじゃなオークがやってきた
「ハロルドって、あの?」
「マジか……」
あの子犬のハロルドというのか?
口々に驚きの声があがる。驚きに困惑の混じった声だ。
「ハロルド……ハロルドがいるの?」
男の大きな名乗りの声に、眠たそうなノアが起きてきた。
「おぉ! 姫様。拙者がハロルドござる」
嬉しそうに男……自称ハロルドはノアに向き直る。
ノアは、そんな男をしばらく見ていたかと思うと、軽く首を傾げた。
「あのね、ハロルドは……子犬なの」
誰もが思う当然の疑問をノアは口にする。
「確かに、それは疑問に思うところでござるな。あの子犬の姿は、本当の拙者ではござらん。あの醜い犬の姿は……呪いによるもの」
苦悶の表情でハロルドはノアへ返答した。呪い? 呪いによって姿が変わっているのか。
「あのね、私も呪い子なの。それにリーダも」
ノアはハロルドを慰めるように、自分も呪い子であると告白した。それにオレのことも小さく付け加える。
「知っているでござるよ。しかし、拙者の呪いなんて、姫様の苦難に比べれば大したことござらん」
「このまま立ち話もなんだし、広間でお話を聞きません?」
カガミの提案で、広間へと移動する。
最後にハロルドが広間に入る。テーブルを少しだけ見つめたかとおもうと、オレに向き直った。その目には、怒りを感じる。
「ところで、最初に、リーダ殿……いや、リーダに言っておかねばならぬことがある!」
そう言ったかと思うと、ハロルドは『バン!』と一枚の紙をテーブルにたたき付けた。
ハロルドの手配書だ。
大きく子犬のハロルドが描かれている。国中のギルドと、タイウァス神殿に張ってあるはずだ。
特に問題があるようには見えない。絵はキチンと描かれているし、手配することについてもペット探しは割合よくあることだと聞いている。
なぜ、怒っているのだろう。
だが、そう思っていたのはオレだけだったようだ。
「これは酷い……」
「リーダに任せすぎたのが失敗だったと思います。思いません?」
「ちょっと、これは……笑っちゃ駄目なんスけど、駄目なんスけど」
「マジか……リーダ」
何かに気がついたのか同僚が口々に、微妙な感想をもらす。何人かは笑いをこらえている感じだ。
「あのね……、ハロルドには眉毛がないの」
ノアは残念そうにオレに言う。
眉毛?
「さすが、聡明な姫様。そうでござる。どこの世界にこんな黒く太い眉毛をした子犬がいるでござるか!」
ノアの言葉に大きく頷き、ハロルドはオレを糾弾する。
そうだっけ? 眉毛なかったけかな? なんとなく海苔のような太い眉毛がある気がしたんだが……。
残念ながらオレの絵にこめた思いは理解を得られず、同僚やチッキーにノア、誰を見てもハロルドの言葉に頷いていた。
「そうか。眉毛なかったっけかな? なんか凜々しい目をしていたから、こんな感じかなって思ってたよ」
「適当……」
カガミが呟くのが聞こえた。
「ごめんごめん。明日にでも張り紙を剥がすよう手配しておくよ」
「まったく、もう。謝罪が軽いでござるよ」
オレの謝罪に、溜め息まじりだったがハロルドは応じてくれた。あっさりしたものだ。案外良い奴かもしれない。
「それでハロルドさんは、張り紙をみて文句を言いにここまで来たの?」
「違うでござるよ。あの召喚より帰還したのち、あれこそ天の導きと確信し姫様に仕えるためにこの地へと参ったでござる。この屋敷の場所については、いろいろ推察したでござるよ。張り紙を見たのは、その道中、クイットパース港でござるな」
「クイットパース?」
「そうでござる」
それから、ハロルドがどうやって来たのかを語り出した。
最初に、この屋敷からみえる風景や感じる気候から、自分がいるペンネイシア大陸の北にあると推察し、船に乗ったらしい。
テストゥネル様が見つけたときはちょうどその時だったようだ。
それから、ギリアよりはるか西にあるクイットパースという町に着いて、タイウァス神殿の張り紙を見つけ驚愕のまま、ここまでやってきたそうだ。
雪が積もり、春まで待つしか無いかと思っていたが、何かがあって雪が消え去り、なおかつ西に大きな橋がかかったことで一気にここまで来ることができたという話で終わった。
それにしても、どんな人が連れてきてくれるのかと思っていたけれど、まさかの本人がその足でやってくるとは。
「天の導きってのは?」
「それこそが、拙者が姫様の元へとはせ参じた理由でござるな。それは、拙者にかけられた呪いに関わることでもあるのでござる」
「そういや、呪いで子犬になったんでしょ? なら、なんで今は呪いがとけてるのさ?」
「子犬になる呪いは、満月の夜にだけ解けるからでござるよ」
そうか。今日は満月だから呪いが解けた。なおかつ夜にしか喋ることができないので、夜になって屋敷を訪問したということか。
ノアに会うために来たのに、夜になってからきたのが疑問だったが謎は解けた。
「確かに、事情を話せないとどうにもならないからな」
「うむ。張り紙をみて、姫様も拙者を探していることが分かってはいたでござる。だが、呪いのことを黙って迎え入れられるのは、人の良い姫様を騙すような気がして心苦しいのでござるよ」
「お茶でち」
ハロルドの話が長くなりそうだと察してなのか、チッキーがお茶を入れてハロルドに差し出した。
「かたじけない。チッキー殿は気が利くでござる」
ニコリとわらってお茶を一気に飲み干すと、ハロルドは説明を始めた。
「さて、話の続きをするでござる。まず、姫様であれば拙者の呪いを解くことができると確信したからでござる」
ハロルドの呪いを解くという言葉に、ノアは首をかしげた。
「呪いを、私が解くの? どうやって解くの?」
「子犬になった拙者に、魔力をぶつけるだけでよいでござるよ。それで、拙者にまとわりついた呪いははじき飛ばされるでござる。最初に姫様に撫でられた時に、それがわかったでござる」
「でも、あの時は、犬のままだったじゃん」
「うむ。ミズキ殿の言うとおり。だが、あの時は触れるだけで魔力をぶつけられたわけでないのでござるよ」
なるほど、呪いが解ける感覚が得られたから、会いにきて呪いを解いてもらうことにしたわけか。だったら、明日の朝、呪いを解いてしまえば良い。
「なるほどな。だが、それだと呪いを解いてもらう理由になっても、仕える理由にならないだろ」
サムソンがさらに疑問を呈した。
この不思議な来訪者。悪い人ではないことはわかる。
それでも、疑問は解消しておきたい。
「まず、呪いを解いてもらうからには、その恩は返すべきだからでござる。次に、この呪いを掛けた者、ミランダから姫様を守るためでござる」
ミランダ?
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