第129話 またきて……ね?

 翌日、朝食を済ませた頃に迎えがきた。

 馬車から1人小走りで向かってきた女性にプリネイシアさんは何やら言われていた。

 詳細はわからないが、あの様子だと怒られている。

 その後、遅れて馬車から降りてきた女性から、プリネイシアさんは何かを受け取り戻ってきた。


「ありがとう。これは泊めてくれた礼だよ」


 衣装に関する覚え書きと、人形の型紙らしい。プリネイシアさんが、ノアに持ってきた小箱の中身を説明してくれた。


「ありがとうございます。宝物にします」


 ノアは受け取った小箱を抱きしめるように抱え、笑顔で礼をいう。


「それじゃあ、お別れだ」

「またお会いできる日を楽しみにしています」

「あぁ、仕事が落ち着いたら伺わせてもらおうかね。その頃になったら、お嬢ちゃんももっと大きくなって新しい服が必要だからね」


 満足そうに頷いてプリネイシアさんは馬車に乗った。

 馬車は来たときと同じように、ゆっくりとしたスピードで山を下っていく。

 ノアはそんな馬車を、名残惜しそうに、ずっと見送っていた。

 あんな風にやさしくノアに接してくれる人は貴重だ。味方が増えるのはやっぱり嬉しい。

 広間へと戻り、さっそく小箱の中身を確認する。


「この覚え書きすごいな」


 パラパラと覚え書きをめくり、サムソンが感嘆の声をあげる。

 沢山の紙を紐で綴じた形式をしていて、普通に一冊の本にできるだけの分量がある。

 読むだけでも相当大変そうだ。


「沢山の人が書いてるのを寄せ集めてあるんスね」

「あのね、これで服作るの」


 型紙を手に取りノアが笑顔でいう。

 ノアとチッキーが2人で人形の服をつくる。

 カガミも乗り気で、すぐに布や糸を持ってきた。

 道具類は、ずいぶん前に市場で全部揃え済み。

 その日は、2人が楽しそうに服をつくるのを眺めつつ読書してすごす。たまに同僚達がアドバイスする。もっとも、裁縫できるのはオレとカガミとミズキの三人だけだ。特にミズキが裁縫上手で驚く。なんでも、やぶれた服を取り繕うのは得意だそうだ。

 食事もほどほどに、延々と服を作る。

 驚くことに、型紙はノアの持っている人形にぴったりの大きさだった。

 別に人形の規格があるわけでない。獣人達3人のお手製だ。それなのに、ぴったりということは昨日、人形をみて、その後に型紙を作ったと言うことになる。覚え書きといい型紙といい、ずいぶんと手間暇かけられている品々だ。


「今日はこれくらいにしましょう」


 カガミのそんな言葉が出てくるまで、ノアは一日中服を作ってすごした。慣れない針仕事、進捗もゆっくりだ。まだまだ完成にはほど遠いだろう。

 そして気がつけばすっかり夜だ。

 もうすぐノアは寝る時間。


「今日、プリネイシアさんが泊まっていったらさ、ちょうど満月でもっと温泉からの眺めが綺麗だったのにね」


 ミズキが窓から外を見上げてしみじみと言う。

 今日は満月か。

 星が、極光魔法陣なら、月は何なのだろうと、前に少し考えた疑問が再度わく。

 あれは魔法陣には見えない。

 一回り大きいが元の世界にあった月にそっくりだ。

 月だけは、極光魔法陣ではない……もしかしたら別の惑星なのかもしれない。

 さて、ノアも寝室へと行き、オレもそろそろ自室に引っ込もうかと思っていたときのことだ。


『ドンドンドン』


 扉を叩く音が聞こえた。

 最初は勘違いかとおもったが、扉を叩く音はリズミカルに続く。


『ドンドンドン、ドンドコドンドン、ドンドン』


 遊んでいるのか?


「頼もー頼もー」


 扉を叩く音に加え、男の声が聞こえてきた。

 皆を見渡す、誰もが首をふる。

 知らない人間か……。それにしても雪が溶けたとたん、来客が多い。

 ロンロが部屋へと入ってきた。


「一人だけだったわぁ。大きな男の人ぉ」


 人相風体をロンロが続けて説明してくれる。オーク族の男性、大きく立派な剣をもった戦士らしい。知らない人物。だけど、敵意は感じられないそうだ。

 もっとも、敵意があれば外のガーゴイルがなんとかしそうな気もする。

 このまま考えていてもらちがあかない。

 玄関へと行き、扉を開ける。

 オレ達のなかで一番背が高いプレインよりも背が高く、筋骨隆々な男がいた。

 豚鼻。オーク族というらしい。

 布と皮でできた服、鉄で補強された靴。腰には革袋、茶色い肌。傷だらけで歴戦の勇士を思わせる。見事な装飾がされた剣を腰に備えている。

 身なりが整っているためか、野蛮な感じはしない。

 そんなオーク族の男がオレを見下ろしていた。


「ふん。リーダ殿でござるか」


 不機嫌な声音で、オレの名前を呼んだ。初めて会ったはずだが、向こうはオレを顔なじみのように名を呼んだ。


「どこかでお会いしましたか?」

「そうでござるな……ところで姫様は?」


 オレの質問をあいまいな返事で流したかと思うと、姫様?

 この屋敷の住人で、姫様っていわれても違和感ないのは、ノアか。あとは奴隷階級だしな。


「あの、申し訳ありませんが……どちら様でしょうか?」


 オレの後ろからカガミが声をかける。

 オーク族の男は、軽く頷き。声をあげる。


「そうでござった。失礼した。この姿では初めて会うな」


 ゴホンと咳払いをして、大きな声で男は続ける。


「拙者は、ハロルド・オーク・ベアルド。今は亡きベアルド王国の戦士長にして、オーク族最高位チャンピオン、武芸百般を誇る戦士、ハロルドでござる」


 ハロルド。


 ……ハロルド?

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