第128話 おいていかれたおばあちゃん

 寝ている老婆。

 放って置くわけにもいかず、起こすことにした。


「んが? あんれ、他の皆は?」


 カガミが肩を軽く叩き声をかけると、老婆はすぐに起きた。

 寝ぼけた様子で、目をパチパチさせつつ辺りを見回す。


「気がつかず帰られたようですが……」

「ちょっとトーク鳥使わせておくれでないかい?」


 現状を認識したのか、椅子から飛び跳ねるように降りると、ドタバタと外へと走って行く。


「案内しますでち」


 チッキーがあわてて追いかけていった。

 結構な時間が過ぎた後、老婆はチッキーと一緒にもどってきた。

 お店に連絡して、返事をもらったそうだ。


「気がつけば引き返すだろうし、明日になれば店から迎えをよこします……だとさ」


 困ったものだとばかりに、あきれた様子で話す老婆。きっと、相手の方があきれていると思う。

 それにしても、あれだけ道具は丁寧にあつかっていたのに、老婆は見落とすとは。

 道具は丁寧、人は雑。案外、針子さんたちの会社はブラック企業なのかもしれない。

 そう思うと、なんだかこの人が気の毒だし、親近感がわいてくる。

 老婆の名前はプリネイシア。階級は貴族だ。人は見かけによらないものだ。

 急遽、客間を整える。


「まったくもう、年寄りはいたわって欲しいもんさね。せっかく、姪っ子のために王都からやってきたってのに」


 姪がギリアの有力貴族からの依頼にしくじったと聞いて、王都からやってきたそうだ。

 そのわりには、サボってばかりだった気がする。

 今日は畏まった形式での食事。

 ノアと、プリネイシアさんの2人で食事を取ってもらう。

 チッキーが給仕。ミズキとオレ、そしてロンロが部屋に残る。

 残り物のシチューをグラタンにアレンジした料理。グラタンか。うまそう。2人の食事が終わった後にはなるが、食べるのが楽しみだ。

 プリネイシアさんは、物知りで話が楽しい。


「この料理は、ロウスのお茶によく合うね」


 出されたお茶がロウス法国の物だとすぐに見抜いた。リテレテも知っていた。

 最初、2人で食べる夕食に緊張気味だったノアも、話に引き込まれ楽しそうだ。


「私は星をみるのがすきでね。ついぞ夜更かししてしまうのさ」


 うたた寝して置いて行かれた言い訳は、こんな話だった。


「星?」


 不思議な顔をするノア。よく分からないといった様子で、振り返りオレを見る。


「空に浮かぶ極光魔法陣のことです。お嬢様」

「私は、あまり空をみないので……」


 オレの説明を聞いて、ノアが悲しそうに言った。


「そうさね。お嬢ちゃんくらいの年は、もう夜が来たらストーンと寝てしまうからね」

「プリネイシア様は、極光魔法陣を星と呼ばれるのですね」

「空に舞う、光の粒。あれは確かに極光魔法陣だけどもね。あんまり魔法に詳しくない人は星と呼ぶのさ」


 天体を見るときに、惑星と言ったり星と呼んだりするが似たような関係かな。

 星が好きなプリネイシアさんは、若い頃はいろいろな場所を旅したという。

 遙か昔に倒れた巨木を、くりぬいて作った町から見た星空は、格別だったとか。

 沢山の星に、勝手に名前をつけて遊んだという話をする。


「そうだ」


 ノアは良いことを思いついたとばかり、手を軽く叩き言葉を続けた。


「温泉はどうでしょう。あそこからは、お空がすごく綺麗なのです」

「これからすぐに入れるか、確認しましょう」


 ノアの提案を聞いて、笑顔で応じる。

 カガミあたりなら把握しているだろう。

 結果は、入れるということだったので、サムソンを除いた皆で向かう。

 サムソンは面倒らしい。


「今日はのぼせないようにしてねぇ」


 温泉に入っていると、敷居を超えてロンロが入ってきた。


「きゃ、ロンロさんのエッチ」


 お約束とばかりに、リアクションしておく。


「リーダはぁ、いつも楽しそうねぇ」

「ロンロには、恥じらいというものをだね、持ってほしいよ。ところでノアは?」

「プリネイシア様とぉ、ノアがぁいつもしている勉強の話でぇ、盛り上がっているわぁん」


 すごく勉強熱心なノアにプリネイシアさんは驚いているそうだ。なんでも、自分が子供の頃は、逃げ回っていたらしい。


「ヘンテコな飛空挺だねぇ」

「小さく揺れながら、ゆっくり動く景色が好きなのです」


 プリネイシアはノアの説明に頷きつつもロープウエイに驚きキョロキョロと見回していた。

 飛空挺。こちらの世界には空飛ぶ乗り物があるのか。

 クローヴィスが物珍しそうに乗っていたから無いのかと思っていた。

 最後に客間へと案内する。ノアが眠そうだったので、オレとカガミが代わりに案内することにした。


「プリネイシア様はいろいろ博識なので、一つ質問をしてよろしいでしょうか?」

「分かることなら喜んで答えるさね」


 案内の途中、話の流れで一つ質問することにした。

 言葉通りだ。博識なプリネイシアさんなら、何か知っているかもしれないと思い聞いてみる。


「歴史を調べています。古い国の事などを知りたいのです。なにかご存じですか?」


 酷く驚いた顔をしていた。そんなに驚く質問なのだろうか。


「ヨランの国に関する歴史だったら、お城にある図書室に書かれているはずさ。お城に知り合いがいれば、頼むのもいいだろうさね。だけどね、あたしは昔のことはしらなくてね」


 残念。


「なるほど、お城には図書室があるのですね」

「それにしても、今日は楽しかったよ。うたた寝も悪くないものだね」

「お嬢様も楽しそうだったので何よりだと思います」


 言葉を交わしつつオレがドアノブに手をかけたとき、少し真剣な声音でプリネイシアさんが問いかけてきた。


「あんた達は、お嬢様にどんな人になって欲しいと思うのかい?」

「これからお嬢様自身が決めればいいかと。私は選択肢を増やすだけです。もちろん。幸せになって欲しいですね」

「それが一番さね。今日はありがとう。おやすみ」


 オレの返答に満足したのか、とても嬉しそうに、プリネイシアさんは扉を閉めた。

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