第122話 はるがきた

 外をみると、茶色い景色が広がっていた。

 ほんの少し前の、真っ白い景色はどこへやら……だ。本当に綺麗さっぱり雪だけが消えていた。蒸発したというより、消し去られたといった感じだ。

 原因は、どう考えても、先ほどの彗星だろう。途中でキャンセル出来たので、ギリアの町への墜落は免れたが、ノーダメージとはいかなかったようだ。


「ふへへへ」


 変な笑い声がでる。

 人間、対処不能の状況になったときは、大抵笑ってしまうものなのだ。

 しばらく、対応を考えていたが、どうにもならない。皆に向き直る。


「カガミさん」

「えっ、え、なんですか?」

「お腹すいちゃったよ。何か食べよう。そうしよう」


 これは不可抗力だ。予想不能な出来事だ。オレ達は関係ない。

 よし、対外的にはこの路線でいくことにする。


「まったく、もぅ。とりあえず、そうしましょうか」

「そうっスね、そうしよう」

「そろいもそろって現実逃避か……。そうだな。そうしよう」


 いまさらなんとも出来ない状況だったこともあり、同僚も問題なく現実逃避に賛成してくれた。

 部屋を出ようとしたときに、最後まで部屋に残っていたノアに、袖を捕まれる。


「どうしたの?」

「ごめんなさい」

「びっくりしたね。それにしてもお腹すいちゃったよ」


 笑って答える。

 先ほどの映像について話そうと思ったが……やめた。

 下手なことを言って思い出すようなことをさせたくなかった。

 カガミが手早く昼食を用意してくれた。余り物のシチューにパン、少し早めの昼食。


「シチューはやっぱりしっちゅう食っても美味しいね」

「は?」

「シチューとしっちゅう……しょっちゅうをかけたんですが……」

「酷いっスね」

「どうしたのノアノア?」

「わたし……迷惑かけてばっかりで……」


 ノアはうつむきボソリボソリと声をだす。あれは、迷惑といったものではない。

 たまたまノアが、操られただけで、場合によってはオレが杖を床に突き刺していたかもしれない。


「元気だしてくださいでち」

「そうだよ。ノアがいなければチッキーは元気にならなかった。それに、ノアに迷惑掛けられるくらい大したことないさ」


 ノアは不安げにオレをみる。

 これは本音だ。彗星の落下自体はすでに解決した問題だ。問題なのは、これから後始末が必要になるかもしれないということだが、それは別の問題だ。

 少しでもノアの不安を解消出来たら良いなと思いつつ言葉を続ける。


「この中には、オレをもっと酷い目にあわせてくれた者もいる」

「もっと……酷い目?」


 オレの言葉を聞いたノアが、今度は不思議そうにオレをみた。


「そう今日とは似ても似つかぬ……暖かい日の夜だったよ」

「ごめんなさいっス」


 オレが、酷い目にあった話をしようとした瞬間プレインが謝る。何の話をしようとしているのか一瞬で察したらしい。


「プッ、ちょっと思い出すだけで笑える」

「笑い事じゃない。マジであの時は、泣きたかったんだぞ」

「まぁ、アレだ。あれは予想外だ。プレインが裸で……」


 一部の界隈では有名な話だ。

 とある会社で仕事をしていたときのこと、打ち上げに飲み会を行うことになった。新人であったプレインも一緒にだ。

 飲み会とはいえ、派遣されているオレ達にとっては、アウェーで立場的に下だ。ある意味、接待の場だった。

 オレはその時、仕事を残って片付けていた。終わり次第、飲み会には合流するつもりだった。

 そんな中受けた一本の電話。


「……先輩」


 涙声で助けを求めるプレインの元へと、不安いっぱいで駆けつけたら、交番でうなだれているプレインがいた。

 彼は、飲み会で酔っ払い、服を脱いで裸で走り回り、最後には警察のご厄介になっていた。

 身元引受人としてオレが選ばれたというわけだ。

 それから先は、方々に謝り通しだった。なぜ、オレが……という思いはあったが、覚悟を決めてお詫びして回った。

 酷い夜、酷い一件だった。

 そう……あれに比べればノアの行いなんて、オレにとっては大したことない。

 というか思い出したら、なんだか悲しくなってきた。


「止めてくださいっス」


 そんなオレの思考は、必死さのこもったプレインの言葉で中断する。


「まぁ、そういこと。ノアの迷惑なんて大したことないんだよ」


 無理矢理、話を終わらせる。

 後に続いたのは、皆で楽しく雑談。いつもの雰囲気だ。

 そんな時、ガタガタと外で音がした。

 続いて、ギャーギャーと鳥の鳴き声が聞こえる。

 トーク鳥の鳴き声だ。


「お食事中失礼ちます」


 トタタと駆けていったチッキーは、すぐに手紙を抱えて戻ってきた。


「リーダ様にお手紙でち」


 見たくない手紙だ。だが、見ないわけにもいかないだろう。

 短い文面の手紙だ。


「聞かなくても分かるけどさ、何だって?」

「いますぐお城に来いって」

「行くしかないぞ。これ」


 いいわけどうしようかな。ノアを不安にさせたくなくて心の中で呟く。


「じゃ、行ってくるよ」


 食事を済ませ、すぐさま城へと向かう。

 城に行くと一室に通された。

 最近は、問題が起きる、お城で事情聴取、ごまかす。これがルーチンワークになっている気がする。

 ともかく案内された一室。

 そこにはヘイネルさんいた。いつもなら、一応は立って迎えてくれるヘイネルさんだったが、今日は椅子に深く腰掛け外を見ていた。

 お疲れなのだろう。


「雪がなくなったな」

「驚きました」

「お前達だな」

「まさか」

「エレクに、ヘイネル様に雪を消し飛ばしてもらうんですね……と、以前言ったそうだな」


 確かに言った。


「冗談だとエレクは捉えたそうだ」

「じょ……冗談でして……」


 変な汗を背中にかく。この話の流れは不味いかもしれない。


「まぁ、とにかく仕事を頼みたい」


 ん? この事件について糾弾されるわけではないのか。


「お仕事ですか?」

「ふむ。ギリアの西門から西側一帯の雪が不自然に、そう不自然に消えた」


 不自然の部分をことさら強調して、睨むようにオレを見たヘイネルさんは、ゴホンと咳払いをして言葉を続けた。


「西門からさらに西に向かったところに橋を架ける工事を進めている。その工事を手伝ってもらいたい」


 力仕事? ひょっとしてやらかした罰か何かか。


「あまり力仕事は……」

「何をいっているのかね。ゴーレムだ。今、この町には人手がないのだよ。雪はしばらく溶けることなく残るという予定だったのでね」

「ゴーレムですか?」

「君達の誰かがゴーレムを動かして、石工達と共に橋を作るように」


 有無を言わさぬヘイネルさんの強い調子に、ついつい頷いてしまう。

 仕事程度で、雪を消し飛ばした一件が不問になるなら別に問題ないか。

 帰り際、報酬に金貨5枚と言われて、少しだけ納得し屋敷に戻る。

 さて、誰にお願いしようか。プレインか、ミズキあたりか……工事にかかることならサムソンのほうがいいかもしれない。

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