第121話 てっつい

 物尋ねの魔法を使ったときに手に入れた杖。

 あれが置いてあった場所は、この屋敷の4階部分にそっくりだった。


「念のためジラランドルにも聞いてみたんです」

「どうだった?」


 カガミは、少し残念そうに首をふった。

 知らないそうだ。

 残念。


「物は試しだしね」

「なんだか面白そうっスね」


 あの杖が一体何なのか知りたいと考え、4階へと持って上がる。

 杖を持って4階へと行くと、中央のテーブルに十時の光が走り、4分割した。


「ビンゴって感じ?」


 ミズキが驚いた風にコメントする。


『ガラーン! ガラーン!』


 天井に吊り下げられた鐘が、ひとりでに鳴りだした。

 それに呼応するかのように、どこからともなく声が聞こえる。


「鉄槌を、鉄槌を」


 聞いたことがない男の声だ。

 その声に気を取られていたとき、誰かがオレの持っていた杖に手をふれた。


「ノア?」


 ロンロの声が響くように聞こえる。

 足下をみるとノアが、杖を握っていた。

 その目は虚ろだ。


「鉄槌を……鉄槌を……」


 ノアは小声で呟くように言いながら、杖を手に部屋の中央へと進む。

 四分割したテーブルへと向かっていく。

 なんて力だ。杖を持っているオレが引きずられていく、力負けしていることに異常事態が起こっていると気がついた。

 ノアが、三歩進んだところで手に激痛が走り、思わず握っていた杖を手放した。

 虚ろな目のままノアは、杖を手に4分割したことで出来た空間に杖を差し込む。


『ガコン……』


 乾いた音が部屋に響く。


「鉄槌を、鉄槌を」


 うわごとのように呟きながら、ノアは両手でグッと杖を握りしめたまま止まった。


『ガラーン! ガラーン!』


 鐘はいっそう大きな音を立てる。


『ゴゴ……ゴゴゴ……』


 地鳴りまで聞こえてきた。

 それと同時に、杖から激しい風が吹き出す。


「キャッ」


 小さな悲鳴がした。カガミが吹き飛ばされ、窓ガラスを割り、転落する。


「姉さん!」

「わたしが!」


 プレインが驚いた声を上げるのとほぼ同時に、割れた窓から部屋の外へとミズキが飛び出す。

 大きな音をたて壁に激突したサムソンが、声にならない呻き声をあげる。

 ノアは杖をもって、鉄槌を鉄槌をと、繰り返しうわごとのように呟いている。


「マジか!」


 外をみてサムソンが叫んだ。

 サムソンが指さす方をみると空に巨大な光の球が出現していた。

 玉というより、尾ひれがついているアレは……彗星だ。

 テレビや図鑑でみる彗星の図、そんな彗星が眼前でゆっくり落ちてきているのが見える。

 とてもとてもゆっくりと、地響きを起こしながら、落ちてきている。

 落ちている方角は、ギリアの町だ。

 あんなのが落ちたらひとたまりも無い。


「嫌だ……嫌だ……私は、そんなのじゃない」


 ノアが正気を取り戻した。絞り出すように、悲鳴を上げる。

 そんなノアに注視して初めて気がついた。

 杖の光がゆっくりと地面へと吸い込まれるように進んでいるのがわかる。

 あのままでは不味い。


「ノア、手を離すんだ!」

「手が、手が動かない。どうしよう……どうしよう、リーダ」


 ノアの声は、悲鳴から、涙声に変わる。そして、ジッとオレをみていた。

 杖から吹き出す強い風はさらに勢いを増す。


「助けて……助けて、リーダ」


 か細い声で助けを求めるノアを、助けなくては。

 あの彗星は、この杖が引き起こしているのは間違いない。

 この現象を止めなくては。

 強風によって妨害される中、やっとの思いで近づき杖にふれる。

 グニャリとした熱く痺れる泥のようなものが杖から腕へと流れ激痛が走り、たまらず杖から手を離す。


「リーダ!」


 サムソンの声が聞こえる。

 クソッ。左手の感覚がない。

 だけれど、あの泥のようなものに触れたおかげで……わかった。あれは魔力の塊だ。つまり、魔力の塊が杖から地面に流れているのだ。

 そして、地面に流れ続けることで魔法が発動している。

 そうであれば、あの杖から、別の場所に魔力の塊を移せばいい。

 何処かに……近くだけれど、別の場所だ。

 足下をみる。オレの影だ。

 自分の影から、ボロボロの剣を取り出して杖にたたき付け、パッと手を離す。

 剣は少しだけ杖に刺さり、溢れ出た明るい黄土色の泥は、杖から剣へとつたうように流れる。

 そのままバチバチと火花を散らし、剣から先、オレの影に流れ込む。

 流れこむにつれ、オレの体から魔力が奪われる。


「少し、きついな」


 思わずもれた独り言。だが、問題ない。

 かなり負担があるが、なんとかなりそうだ……と、思ったとき。

 ドォンと凄い音がして光に包まれた。

 急に体が軽くなった。

 次々と景色が切り替わる。

 狼の頭をした獣人が、足下の魔法陣を見つめている風景。

「ここまでか……」「願いを叶えるものは作れなかった……」

 声が聞こえ、場面が変わる。

 次は、展望台のような場所だ。


「罠は仕掛けた」


 また場面は変わる。獣人が沢山倒れている。誰かの視点が映像化されているようだ。両手で誰かの亡骸を抱きかかえている。


「鉄槌を……鉄槌を……」


 声が聞こえ、真っ暗になった。


「……ぱい……先輩」


 今度はプレインの声だ。


「あ……あぁ……」


 うまく返事ができない。


「飲んでください」


 そんなプレインの一言と併せて、口元に液体を流し込まれる。エリクサーだ。

 ゆっくりと視界が張れる。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 気がつくと、ノアがオレに抱きついて泣いていた。

 大泣きだ。


「大丈夫だよ」


 ノアを撫でる。

 ここに杖を持ってきたのはオレの判断だ。ノアは悪くない。

 オレの望みを叶えるために、なんでもかんでも手当たり次第に試している。その結果の出来事だ。


「ノアは悪くないよ」


 そう言って泣きじゃくるノアを撫でながら辺りを見回す。

 真っ青な顔をしたミズキがオレをのぞき込んでいた。カガミも側にいた。無事だったことにホッとする。


「凄く怖かったっスね」


 座り込んだプレインが半笑いで言う。同感だ。


「無事で何より。それにしても……」


 窓際に立つサムソンが外をみながら続ける。


「雪……消し飛んでるぞ」

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