第103話 クローヴィス

 依頼したときに予想していたとおり、工事は順調に進んでいるそうだ。

 バルカンから定期的に入る連絡で進捗がわかるので心配はしていない。


「うっふふ」

「カガミ姉さん、ご機嫌ですね」

「だって、温泉がもうすぐそこに来てるんですよ。夢は広がると思います。思いません?」


 そんなに楽しみだったのか。

 今までの言動からも、温泉を楽しみにしていたのは知っていたが、再確認する。


「一応、温泉には入れるだろうが、快適な温泉生活には……まだ問題が解決していないぞ」


 そうだ。ロープウエイの為にロープを張ること。環境転移に使える火山を探すこと。

 それは解決していない。

 ピッキートッキーも、レーハフさんへの相談も、空振りに終わった。


「ギルドに、手応え聞いてみるっス」

「私も、町の知り合いにもう一度あたってみよっかな」


 朝食を食べながら雑談程度に対策を話し合う。


「あのね。クローヴィス呼んでいい?」

「いいよ」


 言いにくそうにノアに聞かれる。

 オレ達がいろいろ作業している中で遊ぶのは気が引けるのかもしれない。

 作業といっても好きでやっていることだ。ノアも好きにすれば良いと思って、ことさら陽気に返事した。


「クローヴィス君に、火山の場所聞くのもいいと思うんです。思いません?」


 確かに知人に聞いて回っていたが、クローヴィスには聞いていない。

 よく考えたら、クローヴィス経由でテストゥネル様に質問することもできるわけだ。


「そうだな。ノアからもお願いしてくれる?」

「わかった」


 ノアは嬉しそうに笑って了承した。

 食後、ほどなくしてクローヴィスを呼ぶことになった。

 テストゥネル様からもらった角笛を触媒に、物体召喚の魔法を使う。

 魔法は成功し、魔法陣は白く輝く。

 ところが光を放ったまま魔法陣は、それ以上の変化を見せない。


「失敗したんスかね」


 プレインの何気ない呟きを聞いて、ノアが不安そうにオレをみる。

 光っているところを見ると失敗したわけでもなさそうだ。

 龍神の息子だけあって特殊なのかもしれない。


「しばらく様子をみて、それから考えよう」

「そうだな。念のため、離れていたほうがいいかもしれないぞ」


 それからしばらく変化がなく、魔法陣を監視するのを一旦止めることを話していたとき……。


「こんにちは。ノア」


 音も無く魔法陣からクローヴィスが現れた。

 今日の服装は以前会ったときより立派で、複雑な刺繍がされた茶色い服に、腰には短剣を下げた出で立ちだ。

 両手で大きなリンゴを抱えている。


「あのね。ぜんぜんクローヴィスが来ないから、魔法が失敗したかと思ってたの」

「支度して、リンゴを準備してたんだ」

「クローヴィス君、好きなときにここに来ることができるの?」

「呼び声を待たせることはできるよ。呼び声があったときは、部屋で本を読んでいたんだ」


 召喚魔法が唱えられたら問答無用で連行されるわけではないのか。

 龍神の息子だから出来る芸当なのかな。

 確かに、お風呂とか入っているときに問答無用で転移させられたら困るしな。お互いにとって、急に呼び出されるより便利な話だ。


「とにかく……いらっしゃい。クローヴィス君」

「うん……。あ、本日はお招きいただきありがとうございます。これ、どうぞ」


 うやうやしく礼をした後、クローヴィスは両手で抱えていたリンゴをカガミへと手渡す。


「おっきなリンゴだね」

「うん。前に言ったリンゴだよ。ちょっと熟れすぎてるけど、人の身であれば、ちょうどいいんだって」

「クローヴィス君、ありがとう。さっそく切り分けてきます」


 カガミがリンゴを抱えて部屋からでていく。

 今度は大きなリンゴか。異世界果物は、面白くて美味しい。しかも、龍神の息子推薦だ。今回も期待できる。


「あとリーダにはコレ。お母さんがリーダに渡せって」


 一枚の紙……手紙だ。とりあえず目を通す。

 クローヴィスをよろしく頼むという内容に、召喚してもいい日が書いてある。

 あとは、いちいち自分に伺いをたてる必要は無いので、好きにさせて欲しいと言う内容だ。


「何が書いてあるんスか?」

「呼んじゃいけない日が書いてあるのと、クローヴィスをよろしくってさ」


 もっと護衛とか、そんなのがあるかと思っていたが、意外に放任主義なので驚く。

 当のクローヴィスは、ロープウエイの模型を見ながらノアと談笑している。ノアも随分楽しそうだ。

 その後は、カガミがまるでスイカのようにカットしたリンゴを皆で食べる。

 味は、柿にそっくりだった。リンゴのつもりで口に入れたら柿の味がするので、違和感がすごい。でも、熟れた柿のようにトロリとした果肉は甘くて美味しい。


「ところでさ、クローヴィス氏は火山が何処にあるか知ってる?」

「火山? 知ってるよ」

「本当? ちなみに、ここからの道はわかる?」

「わかるけど……人の足だと遠いよ。ボクでも10日以上かかるくらい遠いんだ」


 おぉ、こんなにあっさり解決するとは。

 手詰まり感があっただけに、うれしい。


「クローヴィス、すごい」

「うん。勉強したんだ。ギリアからロウスの首都の途中にあるんだ。ハイスソ島って言って、大きな火山がある島なんだ」

「行ったことあるの?」

「うん。お母さんが、ときどき溶岩を飲みにいくんだ。一緒にいったけど、熱かったよ」


 テストゥネル様にとって、溶岩は飲み物なのか。龍神ってすごいな。


「リーダは飲んだことあるの?」

「何を?」

「溶岩」


 ノアは溶岩が何かわかっていないようだ。意外な質問に固まる。


「ノアノア、溶岩は普通飲めないよ。熱くてドロドロになった石だから、大やけどしちゃう」

「そうだな。飲めるテストゥネル様がすごい」


 クローヴィスは得意気に頷いている。


「そっかぁ、クローヴィスのお母さんはすごいんだね」


 ノアは、しばらく考えたあとでクローヴィスに笑って言った。

 リンゴを食べながら、温泉についての話や、ハロルドの事など、次々と話題を変えて話をする。

 とりあえずは食べた後で、クローヴィスに4階の地図を使って、火山までの道を教えてもらうことになった。

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