第102話 いってんして

「これが正式な書面になる。金貨1000枚と、温泉の運営に関する全ての権限を与える内容だ。くわえて商業ギルドに対し、金貨1500枚分の借り入れができる権利も与えられる。詳しい内容は自分で確認するといいだろう」


 領主の使いとして屋敷にやってきたヘイネルさんは、オレに木箱に入った契約書を渡し、そう言った。

 顔色が悪い……目の下のクマが凄い。大丈夫なのか心配になる。


「ありがとうございます」


 恭しく受け取りお礼をいう。


「なお、バルカンといったか……その者には城にて正式に通知がされることになる」

「通知……ですか?」

「ふむ。対外的な場では、バルカンが温泉の運営者ということになる。そのための儀式のようなもの……と、考えてもらってかまわない」


 表だって動けないオレ達の代わりに、対外的にはバルカンが運営することになるから、しょうがないだろう。


「畏まりました。私からも、バルカンに伝えておきましょう」

「ふむ。そうだな。後日、城より呼び出しがあるよう伝えておきたまえ。最後に、ギリアの絵は領主自ら受け取ることになる。追って連絡するのでそれまで大切に持っておくように」


 ギリアの絵は、契約書と引き換えではないのか。


「持っていていいのですか?」

「ふむ。リーダ殿の考えていることはわからないでも無い。だが、ラングゲレイグ様は、信用しているのだろう」


 それだけ言うと、ヘイネルさんは帰って行った。

 オレも少し前まで、あんな感じで顔色悪くして働いていたものだ。

 体に気をつけて、頑張って欲しい。

 早速、バルカンにも教えておこう。あいつも首を長くして待っているはずだ。

 チッキーにトーク鳥を飛ばしてもらい連絡する。


「バルカンも、随分と待ちくたびれてると思うんです。思いません?」

「そうっスね。口約束だけで、工事始めるわけにもいかないっスもんね」


 そんなカガミとプレインの言葉通り、バルカンからの返事はすぐに届いた。


「それじゃ、今からバルカンのところへ行ってくるよ」

「リーダ、気をつけて行ってきてね」

「私もついてくから、大丈夫よ。ノアノア」


 バルカンは契約書をすぐに確認したいらしい。

 内容はもちろん、実物を見せないと動かない人もいるそうだ。

 最近まではぐれ飛竜に襲われて無一文になったバルカンだ。いきなり大金を使う仕事を発注しても、信用が得られないだろう。

 町へとバルカンに会うためにいくことにした。

 契約書は一応は貴重品なので、オレ一人で持って行くのはやめて、ミズキも同行する。

 ロバと馬、速度を重視して馬車は使わない。


「早かったな。これが契約書か」

「急いできたんだ。待っていたろ?」


 出発前は少し心配になっていたが、特に問題なく町へと着いた。

 西門で待っていたバルカンと合流し、商業ギルドへと向かう。

 商業ギルドの一室には、会ったことがない数人の男がいた。


「今回の工事を頼む親方連中だ」


 バルカンが、簡単に一人一人紹介してくれる。


「よぉ、あんたがリーダかい?」


 親方連中の紹介が終わった直後、オレが名乗る前に、うち一人が立ち上がり親しそうに声をかけてきた。

 バルカンの紹介では、クストンという名前だったはずだ。

 何処かで会った気もするが、憶えていない。


「あ、レーハフさんの……」

「そうだ。レーハフは親父だよ。えぇと、あんたがミズキだな。よろしく」


 ミズキが声をあげ、クストンさんは嬉しそうに頷き返答した。

 そうか、レーハフさんの子供か。それで会った気がしたのか。レーハフさんは工房を子供に譲って隠居したのだっけかな。


「初めまして」

「堅苦しいのは無しだ。親父が世話になってるしな。正直、ピッキーにトッキー、あの二人が来るまで、暇を持て余して現場きてたから難儀してたんだ。いや、助かった」


 クストンさんは明らかに冗談とわかるおどけた調子でそんなことを言い、笑った。

 暇を持て余して現場にくる……レーハフさんらしい。


「こちらこそ、二人がお世話になっています」


 オレの返答に笑って頷いたあと、バルカンがテーブルに広げた契約書を一瞥した。


「それじゃ、契約書も確認できたし、条件は当初の通りでかまわない。俺はさっそくはじめさせてもらうぜ」


 そんなことを言って、クストンさんは部屋から出て行った。

 他の人達も、契約書を一瞥し次々と部屋から出て行く。

 随分と適当にみえる。そんな調子でいいのだろうか。


「順調じゃん」

「そうだな。どうやら、俺が思っている以上に信用されていたようだぜ」


 ミズキの軽い調子に、バルカンは契約書から目を離さずに答える。


「契約書は、問題ないだろ?」

「あー。そうだな。客が選べないところ以外は理想的だ」

「客が選べない?」

「ずっとじゃないらしいが、当面は城か商業ギルドが客を紹介する仕組みらしい。俺としては、客を探さずに済むが……」

「何か問題でもあったりするの?」

「こりゃ、当面は貴族のお客ばっかりになる。対応が大変そうだ」


 バルカンは苦笑しつつ答えた。

 そんな態度をみて確信する。温泉の工事関係は任せて大丈夫そうだ。

 工事は上手くいく。あとの課題は、魔導具作りだ。

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