第62話 閑話 湯治中の会話

 ギリアの町から少し離れた場所に湯治場が新しくできた。

 できて間もない知る人の少ない場所だ。

 湯治場からは、ギリアの町が一望できる。

 美しい湖の畔にある町が、日の光と湖からの反射する光に照らされ、それはとても美しい眺めだ。

 近いうちに名所として賑やかになるだろう、確信が持てる場所だ。

 1人は赤髪の筋骨隆々な男、もう1人は青みのかかった黒髪で細身の男。

 今は、そんな2人の男が湯治場を貸し切り独占していた。


「さぁ、兄上、まずは一杯」


 赤髪の男が、ザブザブと湯をかきわけ、酒の注がれたグラスを黒髪の男へと渡す。


「あぁ。それにしても……短期間に見違えるように変わったものだ」


 黒髪の男は、酒を飲み周りを見渡し、まるで感情のない声で感想をもらした。


「それは兄上の立てられた計画の賜物……あとは、あの呪い子とその従者のしでかした事の結果でしょうな」


 それに対し、笑顔で赤髪の男は応じた。


「私の計画など、たいした物でない。実行してやり遂げたのは、其方の功績だ。誇るといい」

「そんなことはございません」

「それに呪い子と、その従者か……。私は王都よりの指示であの子供を追い詰めた。さぞかし私は恨まれているだろうな」

「さぁ、どうでしょうか。案外恨んでいないのでは? 呪い子が楽しそうにこの場所を利用していたと報告がありました。というより、大抵の報告は、呪い子が楽しそうにしている話ばかりです。もっとも、呪い子はともかく、従者共は何を考えているのか、さっぱりわかりませんが」


 グイと手に持ったグラスの酒を飲み干し、なんでもないという風に赤髪の男が答える。


「そうか……。だが、その従者とやらは一貫して呪い子の為に行動している」

「一貫して?」

「ゴーレムを作りあげる事でギリアに居場所を作り、犯罪者を消し去ることで安全を保証した」

「言われるとおりです」

「それだけではない。今回もそうだ。これまでの行いにより、呪い子と奴隷の身分にある従者達が、短期間に次々と成果をあげ、町を変えていった。ただし呪い子達の行動を、よく思わない者も現れた」

「よく思わない者……ですか?」

「そのさいたる者が、このギリアの町にすむ貴族達だ。口先ばかりでギリアが衰退するにまかせていた者達にとって、呪い子の存在は忌ま忌ましいことこの上なかったはずだ」

「確かに」

「無能でも、貴族は貴族だ。それなりに権力がある。呪い子の居場所を奪うことも、いずれはできたはずだ」

「無能ゆえに、時間はかかるでしょうが、いつかはやり遂げるでしょうな」

「そして、これだ」


 黒髪の男は、まるで辺りを紹介するかのように、掌で周りを指し示したままグルリと半身をまわした。


「この湯治場ですか?」

「あぁ。その従者達は、どうやったか知らないがテストゥネル相談役を引っ張り出した。そして湯治場を作りあげた」

「えぇ。そうです」

「この湯治場が出来た経緯を考えれば誰でもわかる。この場所は、ある意味テストゥネル相談役に認められた証しだ。ギリアの田舎貴族共には、あれほどの大物に認められた呪い子など……怖くて手が出せないだろう」

「はっはっは、そうでしょうな。確かに、確かに」


 楽しそうに赤髪の男が笑った。


「これで、呪い子は、このギリアの町を安住の地とすることができたわけだ。この1年にも満たない短期間で……」

「改めて考えると、とんでもない話です」

「そんな田舎貴族共の思惑はさておき、ギリアの町にとって良い影響がでている。そして、それは呪い子を見いだし認めた其方の功績だ」


 赤髪の男はガシガシと頭をかいて照れた風に笑う。


「それは買いかぶりすぎです。私は、そこまで考えていませんでした。ただ……」

「ただ?」

「従者のうちリーダという男を見たときに、昔、とあるお方の言っていたことを思い出したのです」

「どのような話を?」

「世の中には、味方にすると酷い目に会うが、敵に回すと破滅をもたらす者がいると……」

「それは……迷惑な者だ……して、それがそのリーダという男だと」

「ただの勘でしかないのですが……」

「いや、其方の勘は良く当たる。きっとそれは正しいのだろう」

「酷い目に遭う……困ったことです」

「……確か、ヘイネルに一任していたのだったな。随分と胃薬に詳しくなっていたが、それが理由かもしれぬ」


 黒髪の男は苦笑気味に微笑んだ。

 それを見て、赤髪の男は驚きの顔を一瞬浮かべた。


「兄上が……笑っておられる……、これは呪い子に感謝するしかないな……」


 赤髪の男は、誰にも聞こえないほどの声で、小さく呟く。


「……呪い子と従者、おそらく、これから益々影響力を増す。私はやることができた。この町……ギリアはお前に任せることにするよ。ラングゲレイグ」


 赤髪の男である領主ラングゲレイグの気持ちを知ってか知らずか、黒髪の男は空を仰ぎ、確固たる意思を感じさせる声音でそう言った。

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