第61話 これからも

 振り返ると、綺麗に着飾ったおばちゃんがいた。

 いわゆる貴婦人ってやつだ。


「申し訳ありません奥様、こちらは私どもが……」


 給仕の一人が、なんとか宥めようと後ろから声をかけた直後、パチンと手に持った扇で額を叩かれていた。

 怖い。

 椅子に座ったままのオレ達を見下ろしている。眼光が鋭い人だ。

 みると、少しはなれた窓際のテーブルには、同様の着飾った貴婦人が何人か座っている。その近くには彼女達に使えている従者が立っていた。

 皆、事の成り行きを見守るようにこちらをみている。


「まったくオランドの店も見くびられたこと。このようなみすぼらしい身なりの者に、騒がれるなんて」


 貴婦人は吐き捨てるように言った。

 ノアの誕生日会の良い雰囲気が一瞬で凍り付く。

 ただし、その言われたことはもっともな話かもしれない。

 この席に座るまでみた給仕達は、オレ達よりよっぽど身なりがよかった。他人から見るとドレスコードに問題があって、不快感を与えていると言われてもしょうが無い。

 それに、話が盛り上がって大声になっていたところもある。

 料理は堪能したし、誕生日も祝うことができた。謝罪して撤退することを考え、席を立とうとした。

 一瞬、目の前にいる貴婦人と目が合う。

 表情は変わらないのに、少し不機嫌さが増した気がした。

 そんなとき、背後でカタリと小さな音がした。

 貴婦人の視線はそちらに注がれている。

 オレの横をすりぬけて、ノアは貴婦人の前へと進んだ。

 スカートの端を少しだけ持ち上げてお辞儀する。


「申し訳ありません、奥様。今日はわたくしの誕生日ということで、皆が祝ってくれたのです。本来ならあってはならない事なのですが、少し声が大きくなってしまいました。わたくしも注意すべきでしたが、気が回りませんでした。重ねて申し訳ありません。拙い言葉ですが、わたくしの謝罪を、慈悲の心をもって受け入れていただければと存じます」


 ロンロのアドバイスだったのだろうか、ノアはいち早く席をたち、貴婦人の前へすすみ謝罪した。

 謝罪の台詞は、そばにいるロンロの耳打ち通りだったようで、棒読みだったが、堂に入ったものだった。

 なんといえばいいのか、大人がはしゃぎすぎて怒られたところを、子供に身を挺して謝ってもらっている現状はとても情けない。

 ごめんなさい、心の中で謝罪する。

 しばらく沈黙が流れる。


「幼き身でありながら、従者に謝罪することを任せなかった。その主人としての役目を果たした貴方のその姿に敬意を表して、謝罪を受け入れましょう」

「ありがとうございます」

「ただし、この店は、よその土地からも貴族がやってきます。この町の……あなた方の立ち居振る舞いが見られることになるのです。その姿、態度によっては、侮りを受けたりすることにもつながります。今後は気をつけなさい」

「はい」

「ところで、リーダ?」


 いきなり名前を呼ばれた。看破の呪文でわかったのだろうが、この話の流れで名前を呼ばれるとビビる。


「なんでございましょう」


 ビクビクしながら、声をあげる。


「そう……貴方が……、いえ、どなたがリーダという者か確認したかっただけです。それではご機嫌よう」


 言いたいことは言ったとばかりに、元の席へと戻っていったかと思うと、ほどなくして向こうで待っていた人を引き連れて、出て行ってしまった。

 オレ達が出て行こうとしたのに、先をこされた形だ。

 それにしても、何がご機嫌よう……だ。テンションだだ下がりだ。


「何あれ、感じ悪」

「ミズキ氏の気持ちもわかるけどさ、正論だったし、仕方ないよ」


 確かに仕方ないか……。気を取りなおさなくてはな。


「よし、完食目指してがんばろう」

「さすがリーダ。せっかくだからさ、お腹いっぱい食べて飲もう」

「まったく……あなたたちは……気楽だと思います。ノアちゃんも思いません?」


 カガミの溜め息まじりのは問いかけに、「えへへ」と笑顔で答えていた。

 今度は、できるだけ大人しくカニ鍋を堪能する。

 多分、二度と来ないこのお店の料理を中座するなんてとんでもないことだ。そう考え直しガツガツと食べる。

 一通り食事を済ませてオランド亭を後にする。

 会計時に、驚愕の事実を知る。

 カニ鍋は金貨40枚もした。

 信じられない、この世界は貨幣価値がおかしすぎる。

 帰り際、馬車を受け取りオランド亭を後にする前に「イザベラ様からです」と、ノア宛ての封筒を貰った。

『ノアサリーナへ、お誕生日おめでとう』と書かれている。

 中には小さな木製の櫛が入っていた。細々な細工に魔法陣も彫り込まれている。魔法陣の下に掘られた文字から看破の魔法陣だと分かった。宝石も埋め込まれていることから、相当な値段がしそうだ。

 しっかりとノアの言葉を聞いていたからこそ、誕生日プレゼントを用意できたのだろう。

 先ほどのおばちゃん……イザベラという人は意外と悪い人ではないようだ。

 予定通りレーハフさんの家で、獣人達3人と合流して帰宅する。

 帰宅する馬車のなかで、チッキーがごそごそと何かを取り出した。

 女の子の人形だった。

 それをノアに手渡す。


「お誕生日おめでとうございます。ノアお嬢様。プ、プレゼントでち」

「親方の奥様に教えて貰ってつくったんです」


 うぇ。獣人達3人もプレゼント用意している。

 お誕生会をサプライズでやることで満足したあとは、カニばっかり頭にあって、プレゼントまで頭が回っていなかった。

 オレも来年こそプレゼントを渡そう。


「どうしてプレゼントしてくれるの?」


 ノアは、オランド亭でしたのと同じ質問をチッキー達にした。

 どうにもノアは、誕生日を祝われるという感覚がないらしい。今まで、誰にも祝って貰っていなかったのかもしれない。


「一緒に過ごせてよかった。これからもよろしくお願いします」


 チッキーがそう答えた。


「えと、チッキーがいうとおりです。お誕生日は、大きくなったのをお祝いする日です。一緒に、おおきくなるまで過ごせてよかった。それで、これからもよろしくお願いしますっていう日です」

「……まだ、ちょっとだけしか過ごしてないけれど、お嬢様にお仕えできて嬉しいです」


 ピッキーと、トッキーが補足するように言葉を重ねる。

 今日は、大人より、子供達のほうがよっぽど立派だ。

 オレ達も、がんばらなきゃいけないな。

 ノアは、その言葉を聞いて「ありがとう」と嬉しそうに笑みで答えた。

 それからニマニマしながら人形を見たり抱きしめたりしていた。随分と気に入ったようだ。

 家に帰ってからいつもどおりに過ごした。

 違いといえば、ノアが人形を眺めてニマニマとしていることだけだ。

 そんな日も夜がふけてきたときのこと。


「あのね」


 ノアが唐突に話を切り出した。


「なぁに?」


 カガミがそれに答える。


「えへへ、みんな大好き!」


 満面の笑みでオレ達を見回して、大きな声で言った。


「おやすみ!」


 恥ずかしくなったのか、言ってしばらくして走って部屋から出て行く。

 残された皆が自然と笑顔になる。


「来年はさ、この屋敷でおっきなケーキ作って皆でお祝いしたいね」

「そうですね、もっともっと賑やかにしたいと思います。思いません?」

「あたちたちも頑張るです」


 まだまだノアと知り合ってから過ごした時間は短い。

 それでも、楽しい日々が続いているし、ノアも随分と明るく積極的になったと思う。

 仲間も増えてきた。

 これからも、頑張っていこうと決意を新たに、その日をおえた。

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