第58話 せいすい

「湧き水をくんでいます」


 特にやましいことをしていないので、事実のみを淡々と答えることにした。


「1人でそれだけの量を? この聖なる湧き水は皆の物ですぞ。水と眠りの神タイウァス様による恵みの水です。神は無償で分け与えることを望まれていますので売ることはできません……ご存じですか?」


 誤解されている。

 売るつもりないのに、業者扱いだ。

 ついでに、この白い服の人達は神官だったのか。言われてみれば、いかにも神官という格好をしている。


「申し訳ありません、故郷では湧き水を飲む習慣があるので、飲むためにくんでいました。売るつもりはないんです」


 まずは弁明しておかなくてはと、業者でないことを伝える。あくまで自分達のための飲料用だ。


「そうでしたか。異郷の……、ただし湧き水は、神の恵み。弱くても聖水としての効果があるのです。軽く考えないでいただきたいものです」

「あぁ、それに無償でこれだけ頂くつもりもないんです。あの、寄付とか……」


 飲むためと言ったことを、軽く考えていると受け取られてしまったのかもしれない。

 タダで貰うつもりだったが、少し雰囲気が悪くなってしまった。

 適当に寄付でもして、お茶をにごしてから立ち去ることにした。

 寄付と言った直後、すごい勢いで神官の1人が箱をもってきた。しっかり『寄付はこちら』と書いてある。早いし手際よすぎるよ。

 神官のくせに、現金すぎだ。

 もっとも、そんなこと言わずに笑顔で寄付。銀貨1枚くらいでいいだろう。

 白いヒゲの神官に笑顔をむけたまま銀貨を投げ込む。チャリンといい音がした。

 神官の皆さんが驚愕の表情でオレをみた。


「おぉ……、金貨を寄付していただけるとは。ありがとうございます」


 箱をもった神官の一言で失敗に気がつく。銀貨のつもりが、金貨を寄付していた。

 なんてことだ。

 湧き水をタダで汲むつもりが、金貨一枚もかけてしまった。


「これは、これは、ありがとうございます。せっかくですから湧き水に祝福をしましょうぞ」


 白いヒゲの神官は、樽に手をやって目を閉じて何やらブツブツと言い出した。お祈りの言葉だろう。


「祝福ですか」

「えぇ、このままでも聖水としての効果はありますが、祝福をすればより強い力を持つのですぞ」


 聖水にも、品質があるのか。

 魔法が存在するのだから、聖なる力とやらにも違いがあってもおかしくないかと理解する。

 あんまり長居してもしょうがないので、そそくさと樽をしまって立ち去ることにした。

 帰り際、信徒にならないかと勧誘されたが、丁重にお断りして逃げるように教会の敷地から出ていく。

 立ち去ってすぐに、ノアと合流した。


「何をしていたの?」

「湧き水をくんでいたんだよ」

「そっか。皆ね、あっちでお買い物済ませて待ってるよ」


 ノアが手を振ったほうをみると、全員がそろっていた。足下にいろいろな物が置いてある。影収納の魔法をもつオレ待ちだったようだ。


「もう、騒ぎを起こすのは止めてください。平穏が良いと思うんです。思いません?」


 合流するなりカガミに詰め寄られた。


「騒ぎって?」

「ほら、リーダ、ガラクタ市の商品買い占めて、影収納の魔法で綺麗さっぱり消し去ったろ? ちょっとした騒ぎになってる」

「一体、何買ったんスか?」


 ガラクタ市でのことが騒ぎになっていると聞いて驚く。

 確かにいわれてみるとそうかもしれない。でも、いまさら後の祭りだ。


「いろいろだよ」


 適当にポイポイと影から取り出して、見せてやる。


「この本、殆ど何かの染みで読めないと思うんです」

「これ……猿がガッツポーズしている像って何の像なんスか?」


 適当に買ったガラクタに文句言われても困る。帰宅したあとで、ゆっくり掘り出し物を探す予定だ。


「さぁ。でも、沢山買ったから……きっと掘り出し物があるよ。あと、大きな樽2つ分の聖水がある」

「さっき神殿で揉めてた湧き水でしょぉ。あんなに沢山くんでる人、町の人も初めて見たらしいぃわぁ」


 ロンロは見ていたのか。

 この世界では、湧き水を大量にくんで飲料水とする文化がないのか。水道水と違って、カルキ臭なくて美味しいのに……。

 そういえば、この世界は井戸水とか、普通に天然の水飲んでるんだった。湧き水はありがたみがないのかもしれない。


「まったくもう、皆、魔法の触媒や、食べるものをしっかり買ったんです。遊んでないで真剣に考えて欲しいと思うんです」

「カガミねーさん怒ってるっス……」

「まぁ、あれだ。お前が悪い」

「ごめんなさい」


 とりあえず謝っておく。わりと皆が真剣に必要なものだけを買っていたのが意外だった。

 さくさくと皆の買ってきたものを影の中に投げ込んでいく。


「その魔法、便利だな」

「役に立つよ」


 サムソンがうらやましそうに言ったので、影収納の魔法陣を書いている手帳のページを開き見せる。


「はいはい。一旦ここでお休みして帰りましょ。帰る途中に魔法の実験をすればいいと思うんです。思いません?」


 早速試そうとしたサムソンをカガミの一言が遮って、馬車にのって帰ることになった。

 2台の馬車が、ガタゴトと音をたててのんびり進む。

 やはり寝転がれる馬車は快適だ。贅沢をいえばクッションが欲しい。

 そんな馬車の中で、サムソンは影収納の魔法を試している。


「やっぱり、これ難しいぞ」


 先ほどから上手くいっていないようだ。パチッと軽い音をたてて魔法が切れる光景が続く。


「そうかなぁ。簡単に使えてるけど」

「物を投げ込むときに、あらかじめどれくらいの魔力が必要かイメージできないと、勝手に解除されてしまうぞ。リーダ、どうやってるんだ?」

「適当に……、ひょっとして才能の差かもしれんな」

「何がしれんな……だ」

「えへへ。リーダはすごいね」


 オレは上手く使えているが、他の奴らは無理なようだ。

 サムソンの後に続いて、影収納の魔法を試していた面々は、全員が使えずにいた。


「練習かもねぇ。だってぇ、リーダは数え切れないほど収納の魔法使ってるものねぇ」

「そうなんスか?」

「ゴーレムの、触媒運ぶときに、何度も何度も使ってるわぁ」


 言われればそうだった。

 魔力の調節が上手くいかなくて相当な回数失敗を繰り返していた。ちょうどあれが練習になっていたのか。


「便利ですが、使うには相当な練習が必要だと思います」

「まーいいじゃん。リーダが荷物持ち担当ってことでさ」

「そうっスね」


 帰宅するまで、オレ以外の誰も影収納の魔法を使いこなせなかった。

 結局、オレは荷物持ち担当という役目を続けることになった。

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