第59話 かんたんなかいけつ

 冬に向けての準備は着々と進む。

 市場でいろいろ買い込んだので、なんとか屋敷に引きこもっても安心できるだけの食材を揃えることができた。

 寒い中でも安定して町に行ける牛の引く馬車も用意できた。

 トッキーとピッキーの獣人2人も、着々と大工仕事を覚えている。

 優先して、屋敷の修繕に必要な技術を覚えてもらっている。

 残念ながら、本格的な冬の寒さが訪れる前に、応急処置を済ませるのは無理そうだ。

 ほんの少しだけ技術の習得が間に合わない。結局のところ、時間がないらしい。


「あの2人は、とても頑張っとるが時間がなさすぎる」


 レーハフさんの言葉だ。

 さて、そうなると、冬は寒くても我慢するかと思っていた。

 ところが意外な解決策があった。


「強化結界を強くすれば、屋敷の敷地は、まるでガラスで囲まれた部屋のようになるけん、凍えて死ぬなんてことないワイ」


 かっての管理人であるブラウニーのジラランドルが提案してくれた。

 この屋敷にある強化結界で吹雪もしのげるらしい。

 魔力をガンガン使うが、オレ達であればなんとかなりそうだ。

 ジラランドル以外のブラウニーには話を聞いていたが、ジラランドルには冬に向けた対策を聞いていなかった。盲点だった。

 さすが、元管理人、屋敷の機能を有効活用する術をよくご存じだ。


「ピッキーが間に合わないって心配してたからさ、教えてあげなきゃね」

「そうだな。じゃ、オレが備品渡すついでに教えてくるよ」


 休みなのに外で作業をしているトッキーとピッキーに、ちょっとしたプレゼントだ。ついでに、ジラランドルの提案を伝えに行く。

 プレゼントと言っても屋敷の備品だ。メモ用のノート。

 先日の市場で、トッキーが大量の木札にメモをしていたのを見て、作った物だ。

 紙の束をひもで束ねてノートにした。一冊ノートを作ると複製の魔法で簡単に増やせた。

 紙を複製するのは、すでにメジャーなネタのようで、紙の複製をする場合の触媒も本に載っていた。


「なんだリーダか」


 珍しいことにサムソンが、トッキーとピッキーの作業を手伝っていた。


「リーダ様。サムソン様に魔法で手伝っていただいています」

「もうすぐ厩舎が直ります」


 見ると、木造の小さな小屋が建っている。ぱっと見すでに完成して見える。


「すごいね。これで馬や牛は、冬も過ごせそうだね」

「親方に設計図かいてもらったんです。サムソン様に木を仮止めしてもらったので、すごく早くできました」


 そう言ってトッキーが設計図が書かれた木の板を見せてくれる。

 シンプルな小屋の図が、それぞれの部品のサイズも含めて書かれている。


「それはよかった。よかったついでに、屋敷の修繕は少しくらい遅れても大丈夫だから、あせらずじっくりお願いするね」

「えっと、どうして大丈夫なんでしょうか? 今のままでは冷たい風が入ってしまいます」


 トッキーが目をぱちくりさせながら聞いてくる。


「屋敷の力……強化結界というのがあるんだけど、それを強化すれば吹雪いた風を遮れるんだよ。寒いのはサラマンダーに頑張って貰うさ」

「そっかぁ」


 ピッキーがホッとしたように笑顔で呟く。

 ミズキが言っていたとおり心配だったようだ。

 心配ごとはさっさと潰すに限る。


「あと、これをあげよう」


 トッキーに、ノートを渡す。


「真っ白な本だ!」

「こんなのあったっけ?」

「さっきオレが作った。トッキーが市場で大量の木札をもっていたからさ。記録に使えるノートがあったらいいかなって」

「よかったな。トッキー」

「ありがとうございます」

「インクとペンは、倉庫にある物を自由に使って良いから、頑張ってね」


 ノートを渡したあと、テンションの上がっていたトッキーをあとに、ひらひらと手を振り屋敷へと戻る。

 戻る道、あたりを見渡すと、随分と綺麗になった屋敷の敷地が見える。

 草が生い茂っていたただの荒れ地が、随分と綺麗になっていた。

 まだまだ、広大な屋敷の庭が全部綺麗になったわけではない。

 だが、門から屋敷の扉までの道は綺麗に草が刈り取られ、道としての機能を取り戻していた。

 井戸も、周りの草は刈り取られ、井戸自体も修繕されている。

 綺麗になった屋敷の庭を、厩舎を作り直している間、放たれている牛や馬、鳥たちがうろつきまわっている。なんとも平和だ。


「なぁに? にやにやしてぇ」


 そんな時、ロンロに呼び止められた。隣にはミズキもいる。

 先ほどのトッキーピッキーとサムソンの組み合わせもそうだったが、今日は変わった組み合わせの人達によく遭遇する。


「いやぁ、屋敷もずいぶん綺麗になったし、設備も充実してきなと思ってさ」

「そうねぇ。それに、賑やかになったわぁ」

「ところでさ、カニ食べに行かない?」


 しみじみとしていた気分をぶった切るように、ミズキがわけの分からないことを言い出した。


「カニ? なんでまた?」

「前さ、バルカンが言ってたじゃん。オランドのカニ鍋。ギリアの町で有名なお店の名物料理だって」

「いや、それは覚えているし、いつか行きたいとは思っているけど、早くないか?」


 鍋の季節は冬だ。気候的な意味合いでは、少し鍋の季節は早いと思う。


「寒くなったら店も予約で一杯になるんだってさ。それにさ、さっきロンロに聞いたんだけど、ノアの誕生日が近いんだって。お誕生会やってあげない? 豪勢に! パーッと!」


 オランドのカニ鍋はともかく……、ノアの誕生日か。

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