第57話 いちば

 今日は、ピッキートッキーチッキーの獣人3兄妹がそろって帰宅する。

 運搬の問題がうまいこと解決したので、冬に向けての買い物をしていくことになった。

 保存の魔法がかかった倉庫があるので、元の世界以上に買いだめの効果は高い。

 今日のうちに、まとめて買ってしまおうという算段だ。


「リーダの魔法は、すごいの」

「影収納の魔法だっけ、どれくらい収納できるんだ?」

「馬車2台分は余裕でいける」

「それじゃ、本当に運搬のこと考えなくても大丈夫っスね」

「もっとも、途中で眠ったりすると魔法が切れて中身をぶちまけることになるのがネックなんだけどな」

「へーき。へーき。眠りそうになってたら迷わずビンタするから」


 ミズキが、まるでボクシングのジャブを打つようなジェスチャーで言う。口ではビンタと言いながら殴る気満々ではないか。これは眠れないなと覚悟しておく。


「おいら達も、いろんな店を見て回ったから、この町も詳しくなりました」


 自信満々のトッキーの言葉を聞き、彼に案内してもらうことなった。


「わぁ。青空市場です。雑誌でしか見たことがない景色です。素敵だと思います。思いません?」


 案内された先では、市場をやっていた。

 カガミは一目見て嬉しそうな声を上げる。

 ビーチパラソルの巨大版といえるような傘が差された下に、籠にはいった野菜や果物が並べられている。そんなつくりの店が所狭しと並んでいた。

 開催されて時間が経っているようだ。

 一通り売れた店は、さっさと店じまいしているようで、逆さにした籠に腰をかけて談笑したりしている人もまばらに見えた。


「朝早くからやっているので、売り切れもあるけど、まだまだ沢山あります。それに、収穫祭の時に、もちこんで売れ残ったものなども、安売りしているので掘り出しものがあるかもしれないです」


 トッキーが、木片にメモしたことを読みながら教えてくれる。

 彼はいろいろなことを木片にメモしているようで、沢山ある木札を器用に使い分けていた。

 嵩張る木札をカチャカチャ鳴らしながら、必要な情報を探している様子に、紙のメモ帳を渡してあげたくなった。


「おや、トッキー」


 少し離れた場所でトッキーを呼ぶ声がした、知り合いだろうか。声がしたほうをみると、女の人がトッキーを手招きしている。

 困ったようにトッキーはこちらを見る。


「いってきていいよ」


 ミズキが笑顔でそう言うと「ハーイ」と、トッキーは両手をあげて駆けていった。

 しばらく相手と話をしたかと思うと「ピッキーにチッキー」とまた女の人の声がした。


「ハーイ」


 2人もそろって駆けていく。それから、また別の人が彼らを呼ぶ。どうやら獣人の兄弟は好かれているようだ。いろいろな人が彼らを呼んで、その度に「ハーイ」と両手を挙げて3人が駆け回っていった。


「わかるわかる。あれ、かわいいもんねぇ」


 ミズキが、笑顔でコクコクと首を振った。


「お、絵が売ってる」

「すごい、あれチーズだよね。すっごい大きい」


 獣人達の後を追いながら、売られているものをみる。

 食べ物だけでなく色々なものが売られている。

 最初は固まって行動していたが、それぞれが興味あるものの方へと行くので、しばらくするとバラバラに行動するようになっていった。

 一旦、全部を見て回ってみようと進んでいくと、ひときわ大きなテントがみえた。

 何が売っているのかとのぞき込むと、巨大な弓が売ってあった。

 オレの体よりも大きい弓だ。兵器か?


「よぅ。それはバリスタっていうんだ」


 興味深そうにみていたオレに、売り主らしき男が声をかけてきた。


「こんなの売って大丈夫なのか?」

「それ、城からの払い下げ品だからな、合法だよ。なんか売ってくれるって言うから買ってみたんだが、考えてみりゃ誰も使わないからな……」

「じゃ、なんで売っているんだ?」

「そりゃ、客寄せになるしな。やすくしとくぜ、銅貨30枚だ」


 安い! よく見渡せば、いろいろな物を売っているけれど、どれも安い。


「安いな、どうしてこんなに安いんだ?」

「ぶっちゃけ売れ残りなんだよ。どれもこれも。俺っちも、すぐに引き払って村に帰るしな。売れなかったら、ヴァーヨーク行きだ」


 在庫処分したいってことか。

 売れなければ聖獣ヴァーヨークに食べさせる予定だが、少しでもお金になればいいから、こうやって安値で売っていると……。

 それにしても本当にいろいろな物がある。鎧や、変な像、人間が入りそうなほどの大きな樽、小さなボートまである。


「この樽なんて、立派だし売れそうなのにな」

「俺っちの市場が誇る目玉商品だ。ただし上の端に隙間があるから、酒をいれても横に倒せねぇ。そこだけが残念だな」

「転がして運べないのか」

「そうなんだ。そもそも、それ、特注品で苦労して作ったけど、依頼人が受け取りにこなかったとかで、職人が可愛そうだったよ……物はいいのにな。一つ銀貨2枚……いや1枚でいいぜ」

「うーん。まとめ買いするからまけて欲しいな」


 話をしていると面白くなってきて交渉してみようという気になった。昔、漫画でみた市場で交渉するシーンをやってみたくなったのだ。


「まとめ買いか……。ここにあるもの全部で銀貨10枚って……へへ、そりゃ冗談だが……そうだなぁ……うーん」

「買った!」

「え? まぢで?」


 まとめて銀貨10枚って安いと反射的に思って返答する。

 大量にあるわけの分からない物だが、一つ一つをじっくり見れば役に立つ物もあるに違いない。

 せっかくだ、一気に買い占めてしまおう。

 かっこいいぞ。これぞ大人買いだ。


「冗談だった?」

「いや、俺っちとしては嬉しい話だが、だって全部だろ。いいのか?」


 オレは頷いて銀貨10枚をさっさと渡す。これでこの場所の商品はオレの物だ。


「これで、ここの物は全部オレの物ってことでいいかい?」

「あぁ、もちろんだ。でも、運搬どうするんだ? タダじゃ手伝わねぇぜ」

「問題ない」


 なんでもないと影収納の魔法の魔法を詠唱する。

 自分の影に、念力の魔法で手当たりしだいに投げ込んでいった。

 売り主は、その様子を唖然とした顔で見ていた。彼の驚いた様が、心地良い。


「すげぇもの見た。村の奴らに自慢してやろう」


 そんなことを立ち去り際に言っているのが聞こえた。

 いい買い物をしたと上機嫌のまま、ずんずんと先にすすんでいく。

 とうとう、行き止まりにぶち当たった。

 ここで市場も、町も端なのだろう。

 目の前は、崖がそそり立つ壁になっていた。

 その手前には立派な杖を掲げた女性の像が立っていた。近くには立派な建物も建っている。

 さらには立て看板があった。


「奥の湧き水は聖水としての効果もあります。ご自由にお持ちください……か」

 

 書かれている文字を、小声で読み上げる。

 今日は、本当についている。

 この看板が意味するところは、湧き水をご自由にお使いくださいってことだ。

 元の世界でも、おいしい湧き水を取り放題のところがあった。

 大きなペットボトルにぎっしり詰め込んで、ミネラルウォーターとして美味しく頂いたものだ。

 さっきのガラクタ市で、巨大な樽を買った直後のこの出来事。

 天の采配。運命といってもいいだろう。

 迷うことなく、湧き水のところまで歩いて行く。

 影のなかから高さが胸元まである樽を取り出し、湧き水を流し込んでいった。

 少しだけ飲んでみたが冷たくて美味しい水だ。聖水としての効果があるかどうかは分からないが、美味しい水ってだけでいいだろう。

 ガラクタ市で買った汚れた本を適当に眺めながら時間を潰す。

 仲間が近くにきたら合流すればいいし、他の人が湧き水を欲しがれば場所をゆずればいいだろう。

 時々、真っ白い服をきた人が「ゴホンゴホン」と咳をしながら側を通りかかるが、それ以外は誰も来ない。


「何をなされておいでか?」


 2本目の樽にいれて大分時間が過ぎたとき、白い立派なヒゲを蓄えた老人から質問された。

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