第41話 だいさんじ

「ど、ど、奴隷が平民に手を上げるのは重罪ザマス。所有者の責任ザマス」


 オレ達に、ザーマがまくし立てる。

 身分制度がある以上、なんとなく奴隷が平民や貴族に逆らうのは不味いのだろうとは思っていた。

 なるほど、奴隷が平民を殴るのは重罪か。

 個人的には、ミズキの心情もわかるし、殴ったのを見たときスカッとした。ただし、穏便な解決が少し遠のいたのも事実だ。

 罪とか罰は後回しだ。まずは、この場から安全に脱出することを目的にする。

 現状、ガラの悪いならず者に囲まれている。

 普通に考えてザーマの仲間だろう。何も考えずに出て行こうとしても、捕まってボコボコになるのは目に見えている。

 サムソンとカガミの助けを待とうかとも考えたが、ヘイネルさんが助けに来てくれるかどうか分からない。あれは物は試し程度の試みだ。

 そういえば、ずいぶん昔サムソンと危ない出先で、お客さんと揉めたときも似たような感じだったなと思い出す。


 確か、あの時は……。


「ザーマ様、ここは一つ痛み分けということにしませんか?」

「何を言ってるザマスか?」

「言葉どおりですよ。あなたはミズキをお嬢様から取り上げようとした。私どもは、それを阻止して、少しだけ小突いてしまった。このまま、争うことになると双方ただじゃすまないです。というのもですね……」


 一旦言葉を止めて、手元から手帳をだして電撃の魔法陣を書いたページを取り出す。

 片方の手は手帳ごと魔法陣のページを摘まみ、もう一方の手でいまだ尻餅をついてしゃがみこんだザーマの顔面をゆびさし、魔法陣を唱える。


 そう、あの時、ちょっとした問題が起こって、サムソンとお客さんのところへお詫びに行ったときのことだ。

 周りを危ない人に囲まれて、高圧的な相手に辟易していたら、突然サムソンが逆ギレしたことがあった。

 彼は何かを喚きながらテーブルを思い切り殴りだした。

 いきなりの奇行に、彼以外が動揺した。その混乱しているどさくさに乗じて、話を無理矢理まとめて逃げ帰った。今回はその応用でいくことにする。

 つまりは派手に脅して、混乱しているどさくさに逃げる算段だ。

 ザーマに向けて電撃の魔法を詠唱する。魔法が完成していくにつれて、オレの指先は青い雷を纏ってきた。その様子に、彼女……奴隷商人のザーマの顔色が生気を失っていく。


「ヒィ……」

「電撃!」


 詠唱の言葉を唱え終える直前で、ザーマを指していた手を明後日の方向へ向ける。

 バリバリと何かが連続してはじけるような轟音が響く。

 魔法がつくる電撃は、大きな音をたててテントの天井あたりめがけて放たれた。


「これは警告だ。オレ達は、この程度の魔法なら繰り返し使える。何度でもだ。何が言いたいかというとですね……電撃に射貫かれ、火炎に焼かれたく無いでしょう? ですから……」


 オレが脅しの文句をつらつらと述べているのに、ザーマはオレを見ていない。いや、ザーマだけでなく、オレ以外のみんなが、別の一方を見ていた。

 つられて同じ方向を見る。そこにはこのテントを中心で支える大きな柱が立っていた。それは、先ほど放たれた電撃魔法をうけて、今まさにへし折れようとしていた。

 ミシミシと音を立てて、ゆっくりと折れ曲がっていく。


「倒れるぞ! 逃げろ!」


 その言葉で、我に返る。オレ達も逃げることにした。

 テントがゆっくりと潰れていく。倒れるテーブルの音や、人の叫び声うめき声が聞こえる中、オレ達も逃げる。


「いきなり何してるスか」

「さすがリーダ。私なんかよりよっぽど派手にやらかしてて笑える」

「うるさい、ミズキがザーマを殴ったりするからこんなに事になるんじゃないか」


 グチグチとお互いに文句を言い合いながら、外に向かって進む。

 覆い被さってきたテントの布をかき分けながら外へ出たとき、広場は多くの人と兵士に囲まれていた。

 金属のヘルメットが目立つ兵士と、学者風の男がいる。

 馬に乗った学者風の男は、兵士達に指示を出していた。立場が上なのだろう。指示を出すときの仕草や、手に持っている杖で小突くように兵士をなじる姿が、とても偉そうに見えた。

 彼ら以外に、いかにも野次馬といった人々が興味深そうにテントから出てきたオレ達をみている。

 ザーマは一足先に抜け出していたようで、学者風の偉そうな男と何かを話していた。とても仲良くみえる。あいつもグルなのかと不安になった。ザーマは、オレ達に気がつくと向かってきた。


「この者達ザマス。呪い子とその奴隷が、あたしの市場を台無しにしたザマス。多くの人が困ることになったのは、呪い子の災いこそが原因ザマス」


 身振り手振りでまるで演説のようにオレ達を非難する。ザーマのその態度が、下手くそな芝居のようで、オレには滑稽に見えたが周りの人にはそうでないようだ。ざわめきが起き、周りの野次馬がオレ達をみる視線に非難の色が感じられた。


「何事かね」


 よく通る声がした。見るとヘイネルさんが、馬に乗ってゆっくりと近づいてきていた。

 偉そうな男は、ヘイネルさんの方へと近づいていき、経過を説明し出した。

 見る限りヘイネルさんのほうが立場は上に見える。漏れ聞こえる話の内容から、奴隷商人とオレ達がもめ事を起こしたことと、テントが倒れたことを伝えている。

 話をしながら二人は、オレ達の眼前までやってきた。

 オレ達は眼中にないとばかりに話は続いている。


「そういえば、君はあの奴隷商人とずいぶん仲が良いようだな」

「いえ……そんなには、私の仕事上、顔見知りというだけです」


 その言葉をきいて、初めてヘイネルさんはオレ達をみた。無表情で、ぼんやりと眺めるようにこちらを見ている。


「ふむ。そのようなものかね。では、この呪い子は私が預かる。ノアサリーナよ、これからお前には本件について申し述べてもらわねばならない。私について城まで来るように」


 オレ達に城への出頭を命じると、返答も待たずにゆっくりと城へと進んでいく。

 少し遅れて、偉そうな男はヘイネルさんのやや前方へ遮るように馬を進める。


「それは困りますぞ。ヘイネル様。奴隷の売買については私めの仕事です。そこで起こった問題の対処も含めてです。勝手に連れていくのは越権では?」

「ふむ。奴隷の売買についてはそうであるな。だが、呪い子の扱いは領主より任されているので事情は私が聞く。君は、先に奴隷商人への対応と、この事態の収拾に努めるべきではないかね」

「いや、しかしですな……」

「もちろん必要とあれば呪い子を引き渡すのもやぶさかではない、それで何か問題でも?」

「い、いえ。それならば」

「結構」


 それだけ言うと、オレ達には目もくれず城へと歩みを再開する。これからどうなるかわからないが、一応安全にこのアウエーな状況から逃れられるので良しとしよう。お偉いさん2人の会話からヘイネルさんはオレ達の味方のようだし、悪い流れでないと思う。

 指示に従い、少しだけ城への歩みを進めた時のことだ。ノアが急に立ち止まった。


「ヘイネル様にお願いがございます」


 はっきりとしたノアの声が響いた。

 急に呼び止められたヘイネルさんはその場に止まり馬上からオレ達を見下ろす。ノアはひるむことなく笑顔だった。

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