第42話 ふうどびょう

「何かね?」

「わたくしが先ほど買った奴隷がとても苦しそうなの……です。お城には伺います、伺いますが、その前に手当だけでもさせていただけないでしょうか?」


 怪訝そうにヘイネルさんは、ノアの様子を見て、布に包まれている獣人の姿を見る。病気と一目で分かる奴隷を買ったことを不審に思ったようだ。無言でオレ達を見おろす時間がしばらく続く。


「病気の奴隷を買ったのかね? して、その奴隷はどのような病気なのかね?」

「病名……ジノヴェ病です。苦しそうなの……です」


 病名が出た途端、それを聞いた野次馬がざわめきはじめた。兵士も少しだけ動揺している様子だ。


「よかろう。ノアサリーナよ、そこの……兵士の詰め所にある厩舎で手当する時間を与える」


 ヘイネルさんの了承が出た。すぐに周りの兵士たちが、厩舎にいる馬を移動させる。その後、オレ達は寝ている獣人チッキーを厩舎のわら束へ寝かせた。

 包んでいた布を緩めると、息も絶え絶えだった。さきほどの騒ぎは心身に良くない影響を与えていたようだ。

 甲斐甲斐しく世話をするノアと獣人の二人。オレも近づいて手伝おうとしたときにヘイネルさんが話しかけてきた。


「ジノヴェ病は、獣人の子供が感染する風土病で、一旦発症すると助からない。この土地に獣人がとても少ない理由でもある。おそらく長くはないだろう」

「なんとかなりますよ」


 病名が出た途端、空気が変わった理由がわかった。なるほど有名な病気か。ヘイネルさんも兵士も同情から、ここで休ませてくれたということだろう。

 ただし、オレ達にはエリクサーがある。万病を治癒できる万能薬。人目が無いところで飲ませれば大丈夫なはずだ。


「ふむ。君達であれば、そうなのかもしれない。ところで、今回の騒ぎはなんだね? 奴隷商人を殴り飛ばし、テントを破壊したとか」

「不可抗力だったのです。電撃の魔法がたまたまテントの支柱に当たったんです」

「電撃の魔法? それだけで、あのテントを壊したというのかね? 魔物の襲撃でもあればともかく、平時においては領主の力により町の人間が使う攻撃魔法は威力が抑えられているはずだが」


 そんな話初めて聞いた。確かに不思議には思っていた。攻撃魔法の破壊力をみていて、このような魔法が普通に使われていたら町の治安なんてあってないようなものだ。なるほど攻撃魔法は抑制されるのか。


「領主の力が上手く作用していないかもしれないです。ここで少し試してみても」

「……空に向けて放つといい」


 駄目元でのオレの申し出に対して、ヘイネルさんは嫌そうな顔で了承した。そんなに嫌なら断ってもよかったのにと思ったりもしたが、試してみる。

 電撃の魔法は発動こそしたが、小さな雷がパチパチと音をたてて現れただけだった。さきほどのテントを破壊した電撃とは似ても似つかない規模の小ささだった。

 本当に抑制されている。

 それでは、テントを壊した電撃はなんだったのだろうか。


「さきほどとは威力が全く違います」

「ふむ。ところで、なぜ電撃を放つことになったのかね?」


 獣人の3兄妹を奴隷商人から買うことになった理由。

 そこで騙されてミズキを買い取られようとしたこと。奴隷商人の企みが失敗したこと。逃げるための脅しとして電撃を使ったことを説明する。

 ここで隠し事して、バレたときのことを考えると正直に話したほうがいいと思って、誇張も偽りもなく伝える。


「本当は、このあたりで痛み分けとしたかったのですが」

「現状、奴隷商人は何もしていないと言っているし、何かした証拠も無い。おまえ達が奴隷商人を殴ったことも、テントを倒したことも、明白だ。証人も証拠もある。奴隷が平民に手を上げた場合の罪は免れない」

「罪ですか?」

「金銭での解決もあるが、通常は奴隷の腕を切り落とす事になるな」

「あぁ、その程度ならいいか」


 周りがぎょっとした風にオレをみた。死ぬとか別れることになるよりマシだろうと思ったが、エリクサーの存在をしらない人間にとっては厳しい罰に違いないと反省する。

 だが、確かに証拠の面でいえばオレ達は不利過ぎる。


「ふむ。それにしても病気の獣人に声の出ない獣人か、まともなのが一人だけでないか。あれで金貨10枚は高い買い物だったな」

「声が出ない? あれは騒いだ罰として声を奪われたとか……解除できるんですよね?」

「声を奪う罰は、前の領主が禁止した。この領地では使えない」


 なんだろうか、先ほどからヘイネルさんの話に違和感を抱く。

 少なくとも声を奪われていることは事実だ。最初に大声を出したのは聞いていたし、その後声がでていないことも明白だ。あれが芝居な訳がない。

 話をしていたとき、病気の獣人が輝き始めた。

 エリクサーの輝きだ。残り二人の獣人が邪魔で詳しい様子は分からないがエリクサーを飲ませたのだろう。


「あれは……もしや」


 ヘイネルさんがエリクサーに気がついたのか、驚いた表情でその光景をみている。呟いている言葉は小さすぎて聞こえない。周りの野次馬もざわめきだした。とても貴重な扱いを受けていそうなエリクサーを使ったことがバレたらどうなるのだろうと少し不安になる。


「どうかされましたか、病気を治癒する魔法の薬です。貴重な品ですが、お嬢様にとっては……それ以上に獣人が死ぬのが嫌だったのでしょう」

「自らの身の丈以上の慈悲は身を滅ぼすのではないかね」


 言外に、過剰だろうと言われた気がした。言われることはもっともだったが正直エリクサーの在庫は相当なものだ。


「確かにそうですね。お嬢様には後ほど伝えることにします」

「ふむ。後があればいいものだな。奴隷商人に危害を加えたこと、テントを破壊したことは償わなければならない」


 やっぱりそうだよな。どうやって始末をつけよう。ごまかせる状況ではないよな、コレ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る