第21話 ばしゃでのかいわ
馬車の中にはヘイネルが一人待っていた。オレの後に入ってきた青年と3人で街まで馬車移動という事だ。
軽く挨拶を交わすと同じくらいに馬車が進み始めた。ガラス窓から外が見える。森の中を進んでいるにもかかわらず案外スピードが速い。御者の腕がいいのだろう。
視界の端にはロンロが飛んでついてきているのが見えた。今日の彼女は、ヨーロッパの貴婦人が葬式で着ていそうな黒い服を着ている。
「ふむ。少し早いかと思ったが、ちょうどよかったようだ」
「えぇ、まったく」
内心、朝早すぎだろうと思ったりしたが、反論しないことにする。
今日はできるだけ穏便に話を運んで、簡単な仕事をもぎ取るのが目的なのだ。
しばらく無言でガタゴトと馬車に揺られていたが、ふいにヘイネルがポツリと言った。
「このあたりも随分と穏やかになった」
「このあたりが……ですか?」
「ほんの少し前までゴブリンが徒党を組んで住みついていたのだよ。増えすぎると流石に領地に被害が出る」
「私は見たことがないですね」
この辺りは、本当に人っ子一人いないのでヘイネルの言葉にすごく違和感を抱く。
何かあったのだろうか? ヘイネルはそのあたりの事情を知っているのだろうか。
「何かあったんでしょうか?」
「ふむ。実のところ、この辺りで魔法を使って暴れまわった者達がいたという噂だ。森に向かって電撃の魔法を放ち、木を何本もなぎ倒すなど……な。火球の魔法をまるで遊びのように空に数多く放ち、近くの魔物を恐慌状態に陥れたという話もある……。まぁ、もちろん噂だがね」
「それは……」
うわぁ、それは酷い。きっと、冒険者ギルドの奴らだろうと思った。
あのモヒカンあたりが「汚物は消毒だぁ!」とか叫びながら面白半分に魔法を使う光景が容易に想像できてしまう。
オレたちは、もっと穏便に平和に生きたい集団なので、そういうおっかない人達とは是非とも距離を置いて過ごしたいものだと切実に思う。
「いやはや、恐ろしい集団がいるものですね」
「ふむ。まったくだ」ヘイネルは、深く頷いた。
和やかな雰囲気になって、緊張がほぐれたのもつかの間、少し馬車に酔ってきた。揺れがひどいせいかもしれない。この馬車はタイヤが悪いのかとても上下に揺れる。お尻も痛い。
そこで、胸元の手帳から浮遊の呪文を起動させることにした。
自分の足のある位置を起点に体を浮かせる呪文だ。今は馬車に乗っているので起点となる足も意図せず移動している。
馬車に乗った状態のまま体だけが浮くだろうという予想通りの結果になって、上下の揺れから解放されとても快適になった。
「魔法を使ったのかね?」
ヘイネルの口調は責めているように感じた。
「少し馬車が揺れるので、浮遊の魔法を、少し……」
「いつまで使い続けるつもりなのかね?」
「えーと、領主様のお城に着くまででしょうか」
「ふむ」
それで会話は終わった。特に責める意図はなかったようだ。急に魔法を使ったので驚かせたのかもしれない。魔法には人に危害を与えるような魔法もあるわけだし、今度から一言断ってから使うようにしよう。
馬車はガタゴト音を立てて順調に進んでいく。
ヘイネルは、話好きなのか度々話しかけてきてくれる。
「最近は、よく街に行くようだな」
「えぇ、食べ物など買いに……糧食創造の魔法だけでは味気なくて。まぁ、私は美味しいと思ってたくさん食べるのですが、他の人には理解されません」
「たくさん……糧食創造は、大魔法の分類に当たるはずだが、君たちは……まぁ、いい」
「ヘイネル様は、お好きではないのですか?」
「糧食創造の魔法で作られる食べ物かね? ふむ。あれを食べるのは避けたいものだ。食料が無い場合の緊急事態でしか食べないのでね。そもそも、大量の魔力を使う」
「大量の魔力ですか……」
確かにオレがあの魔法を試したときはそんなに簡単には作れなかった。ただ単純にノアは簡単に作ってすごいなとしか思わなかったが、魔力量の差だったのか。
「もっとも、たった一欠片で1日分の食事の代わりとなるものだ。その魔力を費やす価値はあるだろうが……味は好みとは言えない」
味の好みは人それぞれだしな。このヘイネルという人は、身なりや立場から良い物食べていそうだし、舌が肥えているのだと思う。
そのほかにも色々話を振ってくれたが、オレに話を広げる話術がないせいか話はすぐ途切れる。そんなことが繰り返されて少ししんどい。ちなみにもう一人の同乗者である少年はずっと黙っている。
そんな時、ロンロがすっと馬車の中に入り込んできた。オレを見つけると耳打ちする。
「たーいへん。なんだか兵士が増えてきちゃったわぁ」
「兵士が増えた?」
特に兵士に襲われる訳でもないので、多少数が増えてもいいのだけれど、何かあったのだろうか。街に着いたらドンパチやっていましたなどと言われても困る。
ロンロの声は聞こえなくても、オレの声は拾われたようで「えっ」と青年が驚きの声をあげ慌てて下を向いた。心なしかヘイネルは彼を睨んでいるように見えた。
「ふむ。街の巡回をしていた兵士たちが合流したようだ。リーダ殿は流石に鋭い。あぁ、そろそろ街の門をくぐる頃か。ところでゴーレムの件、確認したかね?」
「ゴーレムはお作りしますよ。それがこの地に止まる条件ということなら、断りようもありません。ただ……」
「それは結構」
言葉を途中で遮られた。
ゴーレムの仕様について話をしておこうかと思っていたが、それから程なく御者とヘイネルは何かを話し始めてしまった。
こちらの言いたいことが言えない……あとで言うしかないかと考えたが、馬車はやがて速度を落として止まった。
結局、話せずじまい。同乗者の青年にエスコートされて馬車を降りると、お城が目の前にあった。どっかのテーマパークにありそうなヨーロッパ風のお城だ。壁が陽の光に照らされ少しだけ白く輝いて見える。
「私は、領主様への報告があるので先に行く」
「リーダ様は、こちらへどうぞ」
ヘイネルは城へ到着するやいなや、やや足早に去っていく。
オレは同乗者の少年に案内されるまま、綺麗に整えられた庭園を抜け、城の入り口近くにある部屋で待たされることになった。
ふかふかの立派な椅子に、綺麗なテーブル。壁には絵が掛けてあって立派な部屋だ。
ここまでは順調と言えば順調。勝負はこれからだ。
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