第22話 えっけん
オレは今、謁見の間にいる。
縦長の大きく天井がとても高い部屋だ。
左右には細工が掘られ、タペストリーが飾ってある柱が等間隔に並んでいる。柱の奥は薄暗くてわからない。中央には絨毯が敷かれていて、その先は数段の段差がある。段差の向こう側には立派な椅子が置いてあった。椅子は空席だが、そこに領主様が座るのだろう。
……椅子まで結構離れているな。
城に入って部屋で待っていたらヘイネルがやってきてここに案内された。
「ゴーレムを作ることは了承しました。ですが、交渉すべきことがあるのですが……」
「交渉? リーダ殿は誤解されているのではないか? 其方は奴隷階級に過ぎない。領主様と交渉する身分にない」
この一言で却下された。
いやいや、それは困る。別に作ったあとで、思っているゴーレムと違うとか領主が言い出したらどうするのだと。
なおも食い下がろうとしたが近寄ってきた兵士に阻まれた。
そのまま、なすすべもなく謁見の間へと連れてこられてしまい、今がある。
思うにヘイネルは人の話を最後まで聞かないことがよくあって困る。
こうなったら領主に直接訴えることにしよう。
一応、兵士に指示された通り、ひざまずいて下を向いた状態で待つ。同じポーズのまま静かな空間で待つのは色々辛い。そのうち膝がプルプルしだしたので身体強化の魔法を使って耐える。こんなことでいちいち魔法使うのも悲しくなるので、家に帰ったら筋トレしようと思った。
待てども待てども音沙汰がない状態が続いた。やることがないので、帰りのお土産をどうしようかとか考えて時間を潰す。
「領主ラングゲレイグである、面をあげよ」
唐突に声が聞こえた。驚いて顔をあげる。
いつの間にか領主が椅子に座っているばかりか、その隣には年のいったおばちゃんが立っていた。ついでにオレの左右前方には立派な槍を持った兵士までいる。
ボケっとしてるうちに、周りは色々動いていたようだ。集中、集中と自分に言い聞かせる。
「もおぅ、ぼーっとしてたでしょ。とりあえず挨拶。挨拶。そのままでいいから」
横でオレの顔を覗き込んでいたロンロが呟く。
「お初にお目にかかります。公正なるギリアの領主様。本日は我が主人、ノアサリーナ様の代理として参りました筆頭の僕リーダと申します。学のない奴隷の身なれど、命に代えて主人に言葉を伝えますので、主人と同じ言葉をいただきますよう御願い致します」
その言葉を聞いて反射的に暗記していた挨拶を行った。それから軽く頭を下げる。
「お前が、あの魔女に代わってゴーレムを献上するという奴隷か」
「左様でございます。私たち、つまり私のどうりょ……仲間で作ることになります」
「5人だったな、確か」
領主様は、赤い短髪の男だった。爽やかなスポーツマンといった感じのするガタイのいい男だ。どこかで見たことがあるような気もするが、赤い髪の男など知らないので、気のせいだろう。なぜだか、少しだけ胡散臭さも感じる。彼は、赤茶色の軍服に似た服を来ていた。その上に何かの獣の皮のようなモフモフしたマントを羽織っている。右手は肘掛けに預け、もう一方の手で顎を撫でながらオレを見下ろしていた。その仕草から品定めをされているように感じた。
しばらくして、右手を振ると、隣にいたおばちゃんがA4サイズの紙を取り出して大きな声で読みだした。
「領主の名において呪い子ノアサリーナに命じる」
いきなり儀式が始まりだした。
おばちゃんが読み上げている書面の内容は、以前に誰かが領主と約束した内容らしい。
とてもゆっくりとした、なおかつはっきりとした口調で読み上げる声が謁見の間に響く。
さて、どうしようかと考える。どう振る舞えばいいのか、何を言えばいいのかわからないまま話は進んでいく。
「どうしよう、どうしよう」
ロンロがオレの頭上でぐるぐる回りながらグダグダ言っていた。
言われなくても話を切り出さなきゃいけないのはわかっている。
でも、さっきから目の前の兵士には警戒されているようだし、そもそも話をぶった切って要望を言ったりしてもいいのかわからない。
焦りもあって、無駄に騒がしいロンロの態度が気に食わなくなり、軽く睨む。
ロンロは、すっと上昇して視界から消えた。
やっと、落ち着いて考えることができる。
まず、この先の流れからだ、この後はどうなるのだろう。契約を読み上げておしまいなのだろうか、それとも意見を聞いてもらえる時間があるのだろうか。
よくよく考えたら、挨拶一つをとってもオレにはこちらの常識がないので良し悪しが判断できない。
「ロンロ……」上を向いて軽く呟いたが、ロンロはいなかった。
どっかにいったのか。邪険にしなきゃよかった。
「……よって、成し得た後には領民としての安住を次の点をもって……」
読み上げる内容は、終盤に差し掛かったようだ。オレ達がゴーレムの献上をした後のことをつらつらと話し始めている。
焦る。
このままでいいのか、それとも今からでも声をあげるべきなのか。
焦る。
「リーダぁ、たいへーん、あっちに兵士がぁ」不意にロンロの声が聞こえた。全く大変そうでもない声に、改めてイライラしてくる。
「うるさいなぁ」
思わずロンロに悪態をついてしまった。
その声が謁見の間に響いた。おばちゃんの読み上げていた声もピタリと止まった。あたりが静まりかえる。やっちまった。
左右前方にいた兵士が槍をこちらへ向かって構える。右前の兵士は、震えているようだ。槍の切っ先も震えている。何がそんなに怖いのだろうか。刃物突き付けられて怖いのはこっちだ。
「うるさい……か」
領主の呟くような声が、静かな部屋に響いた。なぜか顔が笑顔だ。
「いや、うるさいというか、なんというか……」
ロンロが見えているのはオレだけだ。この不思議な屋敷の管理人は、オレたちとノアにしか見えない。ロンロの声も同じく聞こえない。
なんと言っていいか言い訳にも困る。
「いくらお前に自信があっても、この城において力では我らの方が上だ。……何か不服があれば聞いてやってもいいぞ」
「不服というか、確認しておきたい事がございます」
「なんだ?」
「ゴーレムですが、詳細を取り決めていないように考えます」
「ゴーレムはゴーレムだ。詳細などない」
ゴーレムの仕様という概念がないのか? 領主にとって、すでに決められた完成形があるのか、あの本に載っていたゴーレム以外は別物という認識なのか。
「いえ、ございます。大きさは? 形は? 主にどのような用途に使うのか? それらによって提案できるゴーレムにも違いが出てまいります」
「形、大きさ……お前はいくつものゴーレム生成の魔法が使えるというのか?」
「左様でございます」
領主が椅子に座ったまま前に身を乗り出すように質問してきた。オレはここぞとばかりに間髪いれずに答える。
領主はニカッと爽やかな笑顔を一瞬だけみせた。背筋がゾワリとした。
とても嫌な予感を伴う感覚だ。
「まぁ、いい。警戒をとけ、この者に害意はない」
しばらくオレを見つめた後、そう言うと領主は席を立ち、謁見の間から姿を消した。
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