第9話 おそくおきたあさは

 次の日も、とても早くに目が覚めた。

 どうにも日が昇る前に起きてしまう。聞き耳を立てても雨音は聞こえない、異世界に来てからずっと続いていた雨はやんだようだ。

 眠る気にもなれず、外へ出る。井戸で顔を洗ってから、少し散歩をすることにした。

 この家は敷地にあたる部分がぐるりと金属製の柵で囲われていた。丈の低い柵でオレの胸くらいの高さしかない。防犯上役に立たないように感じる。

 敷地から外への門には石柱があり、質素な石柱の先には羽の生えた悪魔を模した像があしらわれている。それは家の外ににらみを利かせていた。

 とりあえず、敷地の中を柵にそって一周する。それだけでも、結構な距離になる。敷地内には池まであった。池の中央には何か石造りの彫刻のような物がみえる。雨風にやられてボロボロなので詳細がわからない。

 池の水はとても澄んでいて、まるで鏡のようにオレの姿を写していた。ちょっとしたいたずら心から、上着を脱いでポージングしてみる。池にはオレの姿が映っている。なんでもないことだがにやけてきた。大きな雨雲が池に反射してみえるのが残念だ。もっと晴れていたら清々しい気分だったと思う。

 そんな下らない遊びをしながら一周し終える、雑草が伸び放題で手入れが必要だと思った。池も庭も、どこもかしこも腰くらいの高さもある雑草ばかりだ。

 ただ門にある石柱だけが真新しく見えるほど綺麗だった。不思議に感じる。


「リーダ。あなた、どこに行くの?」



 像をみていると夜の見張りを頼んでいたロンロが下りてきた。

 いつものようなのんびりとした口調とは異なり、やや早口だ。まるで何かに慌てふためいているようにも見えた。


「どこにも行かないですよ。とても早く目が覚めたから、散歩してたんです」

「そう……。まだ夜明けにも早いわよ。さっきも家の外にゴブリンいたし、敷地から出るのは避けたほうがいいわ」

「ゴブリンとかふつうにいるんですね」

「そうねぇ。夜行性よ。一匹一匹は弱いけれど、森では暗闇でも相手が見えるゴブリンは危険よ。もっとも結界があるから、あの程度なら敷地には入れないでしょうけどね」


 この家は結界に守られているらしい。ゴブリン程度なら近寄られても平気なのだとか。ただし、もともと貯めてあった魔力が切れてじきに結界も消えてしまうそうだ。


「結界を維持するために、魔力の補給が必要なんだけどぉ、お願いできるかしら?」

「ロンロさんにはできないんですか?」

「私は、見て話すだけ。魔力も魔法も操れないし、物だって持てない、触れることもできないのぉ」


 先ほどの焦ったような早口はいつの間にかもとにもどり、あらためて魔力の補給を依頼してきた。

 特に断る理由もないので、了承する。もっとも、昨日のプレインみたいに倒れるのはごめんなので、無理だったら止めるとの条件付きだ。

 そして、案内された先は、オレたちが最初にいた地下室だった。

 この地下室はあらためて見るととても大きい部屋だ。床にはたくさんの魔法陣がみえ、そして部屋の端に祭壇のような場所があった。

 祭壇とは言っても、3段からなる階段のような形の大きな石の塊だ。一段目の上部分に魔法陣が彫り込んであり、3段目には大きなガラス瓶が置いてある、そんな質素なつくり。

 ガラス瓶は初めて見たようには思えなかった。エリクサーの入っていた瓶にそっくりの形をしていたので、そう感じただけということに気付いた。そもそも大きさが違う。ここに置いてあるガラス瓶は、一人用のペットボトルくらいの大きさだ。

 魔力の補給は、1段目の上部に手をあて、2段目の上部に書かれている呪文を唱えることで進めるらしい。魔法陣に手を置いているあいだは、魔力を吸われるのでころあいをみて手を離せばいいと教えてもらう。


「遙かよりうち 続く春は終わりを迎え 次を待つでしょう 夜は 繰り返し 繰り返し 朝を待つでしょう 足れりとし 青い冠を添え 満たすでしょう」


 祭壇に手をつき、よくわからない呪文を唱えると、体の熱が吸われるような感覚があった。魔力が吸われているのだろう。

 ジワジワとゆっくり吸われているので全然平気だ。


「ロンロさんは、この家の管理人なんですよね」

「そうょぅ」

「あかない部屋って何があったりするんですか?」

「さぁ」

「この建物って、とっても古いですよね。ノアの前の住人とかはどうしたんですか?」

「さぁ、わからないわぁ。古い古い昔のことなんてぇ、知らないもの」

「ノアの母親のことはどうです?」

「知らないわぁ。私がこの屋敷で目覚めたときには、ノアしかいなかったものぉ。私がしっている住人は、ノアが最初ねぇ」


 あまりに暇だったのでロンロと雑談がてらこの家のことを聞いてみた。

 ロンロは管理人だというわりに何も知らなかった。ただ、結界のことや補給の必要性について知っていたことから、知らないふりをしている可能性もあるとは思う。

 知らないふりだとしたら、何のためなのだろうか……話している限り悪意は感じられないのだが。

 そんな事を考えていると、急に魔力が吸われる感覚が強くなってきた。まるで魔法陣が本気だした感じだ。あわてて手を放そうとするも、うまく体が動かない……。


 グルリと視界がまわり、驚いた表情のロンロが見えたあと、チカチカと視界が点滅したように感じた。


 気が付くと、地下室で目が覚めた。

 いつのまにか気を失っていたらしい。

 最初はそう思ったのだが、すぐに先ほどの地下室でないことに気が付く。

 先ほどの地下室は床一面に魔法陣がたくさん書かれていた。ここにはソレがない。

 その上、周りがいばらのようなとげ付きの蔓で覆われた地下室だった。

 見上げると、天井が見えないかわりに、大きな、とても大きな鳥かごが釣り下がっているのが見える。

 鳥かごもまた、いばらに囲まれている。

 その中に、人の姿がかろうじて見て取れた。シルエットからドレスをきた大人の女性にみえる。結構距離があるので顔はよくわからない。



「ごめんくださいー!」


 とりあえず挨拶してみたが、返事はない。


「もーしもーし!」


 大きな声で呼び掛けてみる。

 そこでようやく鳥かごの中の人が気が付いたらしく、こちらを見た。そのままオレにできるだけ近寄ろうとして籠の端へむかって駆け寄る。籠がギシリと音を立てて揺れた。


「リーダ? どうしてここに?」

 どうやら中の人はオレのことを知っているらしい。誰だろう、とは言っても異世界での名前を当然のように呼ぶ人間は数えるほどだけれど。

「あの、どこかでお会いしましたか? 名前……そう名前教えてもらえれば思い出せるかもしれません」

「ごめんなさい。ごめんなさい。リーダはとっても優しかったのに、こんな……私は何もできなくて。伝えなきゃいけないことだってあるのに、まるで隠し事ばかりで、きっと元の世界では活躍してて素晴らしい未来があったのに……あなたの……すべて押し付けて……もし許してくれるなら……赤……ノアサリーナ……願い……」


 オレの質問は聞こえていなかったのか、涙声でそうまくしたてる。意味が分からない。

 ただ、その声は誰かに似ていた。そうだ……ノアに少し似ている。


 そこで意識が再び途切れた。

 気が付くと、ノアが泣いていた。大泣きだ。少しだけ震える手を持ち上げてノアの頭をかるくなでる。

 周りにはロンロと他の4人の姿も見えた。


 オレはどうやら気をうしなっていたようだ、口の中に薬の味が広がっている。

 エリクサーかなと思ったが、魔力回復の薬らしい。他にも薬があったのか……。

 魔力の補給がうまくいかなくて過剰に魔力を吸われたことで気をうしなったそうだ。

 プレインと同じか……。


 そのままその日は、ずっと横になってすごした。

 そんなオレのそばをノアはずっと離れなかった。

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