第8話 だいぼうけん

 朝起きると、昨日寝た場所だった。

 夢などではなく、異世界に来たのは現実だったということだ。

 これから先、どうなるのかわからない。でも、食住があって気候が快適なここでのんびりしたい。オレは楽がしたいのだ。嫌なことをやらずに生きていきたい。


 さて、2日目の始まりだ。まずは顔を洗って目を覚まそう。

 外へでると、雨は止んでいたが空は暗い。またすぐに雨が降りそうな気配だ。

 それに思ったより早起きしすぎたらしい。もうひと眠りするかと、部屋に戻ろうとしたときに、中庭の向こう側から妙な音が聞こえた。

 ひどく弱々しく響く動物の鳴き声だ。

 見ると黒い影がみえる。好奇心に負け、遠巻きに近づいてみると、木の陰に横たわった小さい馬がいた。

 ロープが絡まって倒れていたようだ。ほどいてみると、一目散に井戸のほうへ走っていった。井戸から水を飲もうとしたが、水面まで届かないことを悟ったのか、周りをうろうろとし始めた。

 すぐに駆け寄って、井戸からバケツで水をくみそばにおいてやる。

 水をおいしそうに飲んだあと、近くの雑草を食べ始めた。

 すごく自由だ。

 オレも、あいつの様に自由にダラダラとしていたい。

 その様子をしばらく眺めていると、同僚の4人も起きてきた。


「ロバだ。ロバがいる! どうしたんですか? この子?」


 ミズキが朝から高いテンションで聞いてきた。

 馬じゃなくて、ロバだったのか。確かに仔馬にしては、子供っぽくないなとは思ってた。

 異世界にもふつうにロバとかいるんだな。

 植物なども特段変でもないし、魔法の有無以外はそれほど違いはないのかもしれない。

 それから皆でハイテンションなミズキと一緒になってロバに近づいてみたり、触ってみたりとワイワイ騒いでいたら、ノアも起きてきたらしく近づいてきた。

「おはよう」と笑って挨拶する。

 騒ぎすぎて起こしてしまったのかもしれない。

 走ってきたのか、息を切らせたノアは、両手にカロメーもどきを一本ずつギュッと握りしめていて一本をオレに差し出してきた。

 朝飯かな。

「ありがと」と短く答え、差し出されたソレをうけとる。頭をなでながら、もう一度あいさつすると、少しだけ笑ってからノアはカロメーもどきを一口食べた。

 オレもカロメーもどきを食べながら、しばらくロバをみていた。


 ノアは、あのロバを知っているらしい。

 長い間、一緒に旅をしてきて、この場所についてしばらくしてから放してあげたということだった。


 そうこうしているうちに雨が降り出した。

 本降りになるまえに、あわてて部屋にもどった。

 ロバは……放っておいても居ついてくれそうだし、大丈夫だろう。


 今日の朝ごはんは、カロメーだ。

 ニコニコしながら食べているのは、オレとノアだけで他の4人は難しい顔をしている。


「他の物もたべたいっスね」

「ノアちゃんは、ずっとコレ食べてたの?」


 食べるものがないときに食べていただけで、いつもは他の物を食べていたらしい。食べ物をどうやって手に入れていたかについては、ノアの回答は要領を得ていなかった。

 誰かに食事を用意してもらっていたようだ。

 そりゃ、こんな小さな子供が一人で食べ物調達するとは思えないしな。

 誰かというのもノアははっきりとは言わないが多分母親なのだろう。

 今朝、ロバを囲んでワイワイやっていたときに、カガミがノアの持ち物についてノア自身の服に加えて、大人の女性の服があったと言っていた。

 ノアも、たまに「ママが……」とか「ママなら……」と言うことがある。

 そんな時はすごく小声で、言い訳するようにも、隠したいようにも聞こえたので、誰も突っ込んでは聞けていない。

 昨日知り合ったばかりの他人に、隠し事なしでお話ししようと言っても無理な事だ、しょうがない。


 食後落ち着いたころ合いに、これからの予定を立てることにした。


「さて、今日の予定をどうしようか会議を開きたいと思います。なにかやりたい人」

「先輩。自分は、昨日の続きでこの家を調べたいっス」

「わたしも、家を見て回りたい。ちょっとした冒険っぽいし」


 唐突に始めたオレの話に、プレインとミズキがすぐにアイデアだしをして立候補した。

 もっとも、昨日の続きをしますという宣言だが。


「ぼうけん……」

「ノアちゃんも、来るっスか」

「リーダは冒険にいくの?」


 冒険という言葉に、ノアは興味津々のようだ。

 オレにも付いてきて欲しいようで、視線を感じる。


「じゃ、オレも冒険しようかな」

「道具とってくる」


 ニコリとこちらを見て笑うと、ノアは部屋から出て行った。


「わたし、ここに残って本を読もうと思います。何かあったら呼んでくれるといいです」

「オレもカガミ氏と残るよ。この部屋にある本を読んでおきたい」


 残りの二人は、この部屋で本を読むらしい。


 それからほどなくしてガチャガチャと音をたてて、バックをたすき掛けにしたノアが戻ってきた。ノア的な完全武装といったところか。

 後ろにはロンロも浮きながらついてきている。


「ひどいじゃないですかぁ。ずっと見張りさせておいて、黙って遊ぶなんてぇ」

「ロンロ! 遊びじゃないの冒険なの!」


 オレたちを見つけて、のんびりとした口調で抗議をするロンロに対して、真剣にノアが反論する。

 温度差がすごい。

 それから、5人で家を見て回った。

 途中鍵がかかっていた部屋があったが、ミズキがヘアピンで鍵を開けてくれる。


「なんで鍵開けの特技もってるんだ?」

「うちの学校で流行ってたんです。鍵開け遊び。下駄箱とかの鍵をみんなで開けるのを競争したり……女子高だったんですけど、もうみんな好き勝手にしちゃって。人目が気にならないからエスカレートするんですよね。あ、でもこの家の鍵ってどれも簡単だからサクサク開けられるだけで、難しいのはダメですよ」

「ミズキ、すごい!」

「ほんとぅ、見かけによらないわねぇ」


 称賛するノアとロンロには悪いが、わりと引く。

 やだなそんな女子高生活……聞きたくなかった。

 でも、おかげで助かっている事も事実なので、何も言わずにその様子をながめていた。

 

 事件がおこったのも鍵のかかっていた部屋の一つだった。

 何度か繰り返すうちに勘をとりもどしてきたのか、ミズキがとても速い速度で鍵をあけた。

 ノアとロンロの称賛をあびて、得意げになっているミズキを横目にプレインが部屋にはいっていきオレも後に続く。


「何か置いてあるっスね。倉庫?」


 そういったとき、足元が光った。

 魔法陣が床に書かれている。

 ドサリと音を立ててプレインが倒れた。


「南原!?」


 思わず前の世界の名前を呼ぶ。

 その声で、他の3人も異変に気が付き、ロンロがスッと部屋にはいってきた。


「入ってくるな!」


 反射的に声を上げる。

 ミズキはまだ状況が呑み込めていないようで、茫然としている。

 ノアは、床にカバンをおいてガサゴソと何かを探し始めていた。


 それからしばらく時間がたった……。

 数秒か数分か、わからないがとても長い時間がたった気がしたとき。


「うぅ、なんかめまいがするっス」


 ゴロンと寝返りをうつようにあおむけになったプレインがうめくような声を上げた。

 焦りに焦った一件だったが最悪の事態というわけでなかったことに安堵する。


「プレイン……大丈夫か?」


 できるだけ軽い感じで声をかけてみる。


「もう少しこのまま横に……なんだか、お風呂に入りすぎてのぼせたような感じっスね。水が飲みたい」

「そっか。ミズキ、ちょっとお水持ってきてもらえる?」


 ぱっと顔を上げたあと、コクコクと頷いてミズキは駆けていく。

 ふっと気を抜いた瞬間、ノアが小瓶を両手に抱えて部屋にはいってきた。

 一瞬、プレインと同じように倒れたらどうしようかと思ったが、何も起こらなかった。

 オレも平気なわけだし、結局のところ最初に部屋に入ったプレインだけが倒れた形だ。

 ノアはオレに向かって小瓶を突き出すようにみせてきた。


「お薬持ってきた。これがあれば大丈夫なの」

「プレインのお薬ってこと?」

「うん。えっと、エリクサー? これがあればどんな病気も治るばんのうやくなの」


 エリクサー?

 こちらの世界のエリクサーの位置づけがわからないが、貴重品の気配がする。

 ノアがいうには、どんな病にも効く万能薬だから、絶対に元気になるらしい。

 どうしようかと周りを見渡すと、プレインの顔を真上から眺めているように見ているロンロが目に入った。


「ロンロ……さん、プレインの状態ってわかりますか?」

「魔力が尽きかけてるみたいね。さっきの魔法陣の起動に魔力を持っていかれたのかしら。魔法陣を踏んだ時に、魔力を吸われてしまったみたいねぇ。保存の魔法陣かしら。きっと、この魔法陣に貯めてた魔力が枯渇していたから……いっきに取られちゃったのねぇ」


 どうやらプレインは、この部屋に仕掛けてあった保存の魔法陣に魔力を吸われてしまって倒れたらしい。

 スマホのバッテリーが尽きかけていたから一気に充電したといった感じなのか。

 踏んだらいきなり起動じゃなくて、意思確認が欲しいものだ。


「魔力切れなら、しばらく休めば動けるようになるから、大丈夫よぅ」


 なんでもないと笑ったロンロが、安静をすすめてくれる。

 魔力が尽きかけると、動けなくなるそうだ。

 それでもなお魔力を使い続けると、命の危険がでてくるらしいが、今のプレインはそこまでひどくないとロンロは見立ててくれた。

 ということは、ノアのもってきたエリクサーはひとまず使わなくていい事になる。


 それにしても後先を考えずに貴重品を提供してくれるノアが心配になる。

 正直なところ、そこまで信用されることはしていない……なんだか騙しているようで心苦しい。


「お水もってきたよ」


 ミズキがコップを手に小走りで戻ってきた。後ろに、カガミとサムソンの二人も見える。


「プレインは大丈夫だ。魔力が尽きかけたことによる一時的な症状らしい。ロンロさんが自信もって言ってくれた」


 続けて、こうなった原因がこの部屋の魔法陣にあること。ノアがエリクサーを提供しようとしたこと、そこまでの状況じゃないので使っていないことを説明する。


「部屋にあった本読んでて、興味深い記述があったんです。看破の呪文は、連続して使用することでより深い属性を知ることができるようなんです。エリクサーも深く調べれば希少性とかわかるかもしれないです」


 といいつつ、もともと持っていたシステム手帳を取り出して床においた。

 よく見ると、手帳には魔法陣が描かれている。実験用に書き写したらしい。

 この書き写した状態でも使用できるとのことで、オリジナルの魔法書って感じですよねと少し笑った。


「ノアちゃん、すこしだけ貸してくれる?」


 そう言って、ノアからエリクサーを受け取ると、そっと手帳にかかれた魔法陣のうえに乗せる。それからエリクサーを凝視しつつ魔法を唱える。なんどか試しているのか、看破の呪文を唱える流れは昨日に比べずっと慣れてみえた。


「エリクサー……赤の秘薬エリクサー……上級遺物……売買禁止品……」


 ブツブツと何かを言い出した。

 最初は魔法の詠唱を続けているのかと思っていたが、どうやら違うようで、何かを読んでいるようだった。


「これ、相当貴重品みたい。効能は、ノアちゃんが言ったように、病気やケガを治癒するってことで間違いないようです」


 ほどなくして顔を上げたカガミは、顔をあげてそういった。


「さっき呟いていた上級遺物ってのは?」

「さぁ……看破の呪文で浮かびあがってきた文字を読んだだけなので……。それにしても便利ですよ、コレ。なんでもかんでも調べられるので重宝すると思います。ちなみに部屋にあった本は、教科書らしいです」


 よく見るとサムソンの読んでいる本とカガミの読んでいる本は同一のものだったらしい、そこには魔力と魔法についていろいろ書かれていたらしい。詳細について、後程報告を聞くこととなった。


 とりあえずプレインが起き上がれるほど回復するまで、この部屋を調べて時間をつぶすこととした。

 この部屋には、本や巻物をはじめいろいろな物が置いてあって、よくわからないものはかたっぱしから看破の呪文で調べていった。

 なかには小麦粉やお酒もあって、うまくすればカロメー一辺倒の食生活も変わりそうだ。


 そのまま日が暮れるまで、この部屋を調べつづけた。

 夜に、一日の報告を互いにする。


 戦闘用の魔法や、召喚の魔法をいくつか見つけたらしい。

 電撃を放ったり、火球を投げたりする魔法があるらしく、晴れたら明日にでも試してみることになった。

 精霊や小人を呼び出す魔法も見つけたらしい、こちらは雨でも試せそうだ。


 この家のつくりもわかってきた。

 一部塔のように突き出ている部分が4階まであるが大部分が2階建ての建物だ。

 それに複数の地下室もある。

 ちなみに、4階建て部分の4階にはまだ上がっていない。

 今日行くつもりだったが、プレインが倒れたので延期になった。

 1階は大部屋に倉庫、トイレにお風呂や台所、あとは空き部屋に粗末なベッドが置いてある部屋がいくつかといった構成で、立派な部屋などは2階に集中しているようだ。

 ただし、どうしても扉の開かない部屋もいくつかあるので、全貌を知ることになるのはまだ先のように思う。


 今日の食事は、カロメーもどきに、倉庫のような部屋にあった蜂蜜酒にカチコチのパン、あとはトマトだ。正確にはトマトじゃないが、味とか見た目がそっくりなので、トマトと呼ぶことにした。

 なんと部屋の一つが温室のようになっていて、そこにトマトが自生していた。

 食べられるかどうかも看破の呪文で確認済み。

 看破の呪文は、食べられるものかどうかも判断できるのが素晴らしい。

 今のところ、魔法のMVPだ。


 こんな感じで、調査ははかどり、生活が少しだけ充実してきた異世界生活2日目は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る