エピローグ 1 誰がなんと言おうとコーヒーフロート問題

「おい孝明! これがコーヒーフロートだってのかよ!?」

「うるせーな建一! アイスが浮いてるんだからコーヒーフロートで間違いねえから!」


 アイスバーを浮かべただけのコーヒーフロートに、建一は文句を言う。

 カウンター越しから、毅然とした態度で孝明も言い返した。


「アイスが溶けてねえじゃねえか。これで商売できるのかよ?」

「子ども受けはいいぞ。食べやすいってな」

「そんなんで、よく大将の店を継ごうって思ったな」


 フロートからバーを引き抜き、建一はアイスをかじる。 


「いやいや、可愛くなったじゃねーか。あの殺風景だった店がよ」

 アイスバーで孝明を差しながら、建一が店の内装を眺める。


「お前が店をやると聞いた時は、正気を疑ったけどね」

「おかげさんで、うまいことやれてるよ」 


 孝明は現在、大将の跡を継ぎ、店を運営している。


 ただ、若菜の会社は辞めていない。

 給料は大幅に減ったが、在宅でもできる「原稿チェック」のみを任されている。


 大将の死後、夫妻は店を手放して海外に移住した。

 孝明と琴子は速攻で資格を取り、管理人であるオーナー夫妻から営業権を得ている。


 あと一歩遅ければ、この店は人手に渡っていただろう。


 孝明は、どうしてもこの店を残しておきたかった。


「ホントは、割烹着を着たママがいる店が良かったが」


「そっか。ガキでごめんなさいねー」

 琴子が、パンケーキを建一の席へ置く。

 孝明は作務衣だが、琴子はワンピースになっているロングスカートにエプロンをしていた。


「ゴメンゴメン、琴子ちゃん。そういう意味じゃなくてさ」

「建一さんも、いい人できるといいね」


 琴子の薬指に、孝明と同じシルバーが光る。 


「おい、身体は大丈夫か?」

「平気平気。動いた方がいいから」


 語り合う孝明たち夫婦を、建一は微笑ましく眺めている。


「なんだよ?」

「いいなー。結婚しない主義だったが、お前ら見てると気が変わりそう」

 建一は、パンケーキをかじった。

「ああー、琴子ちゃんの焼いたパンケーキうめえ」


「そりゃあ調理師学校、出たもん」

「えらい! 頑張ってたもんね」


 高校卒業後、琴子は調理師学校に入学し、料理を学ぶ。

 孝明が店を手に入れた後も、料理教室にも通っていた。

 が、本格的な料理を作れないと店が潰れるだろうと判断したのである。


「こんなの毎日食える孝明がうらやましいぜ。なあ、俺にもカミさんできたら、夫婦で酒盛りダブルデートしようぜ。俺が金出すからよ」 

「お前、ずっとそれ言ってるよな。言っておくが、オレもコトコトも下戸だからな」

「知ってる。それより、みんな連れてきたぞ」



 建一の後ろから、ゾロゾロと人が集まってくる。



「ここが、ロリコンと化した先輩の、愛の巣ですか!」

「ファンシーなお店ですね。料理もナポリタンとパンケーキしかないという潔さ! まさしく、ボクのグータライフの一ページに相応しい」


 後輩の天城と津村だ。


 そして、最後に若菜母子である。


「聞いてや孝明。冷凍食品のCMに、ウチの息子が採用されてん!」

 若菜がスマホを操作して、食品会社のHPを表示した。関西弁ダダ漏れなのも構わずに。


 小さな画面には、冷凍の焼きおにぎりを頬張る清太郎の姿が。


「よかったな、清太郎!」

 孝明は、清太郎の頭を撫でる。


「はい。これでやっと母に恩返しができます」

 相変わらず他人行儀な子だ。


「今日は楽しんでってくれ」

「おー」


 これからが大変だが、孝明にも琴子にも仲間がいる。

 彼らがいる限り、やっていける気がした。

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