第81話 何事もレシピ通りに行かない問題

 主を失い、ホコリの舞う店内を掃除した。


 その後すぐ、二人は何も語らず、黙々と料理に取り組む。

 

 作るのは、ギョーザだ。


 大将が作るはずだったギョーザを。


 厨房の脇に、色褪せた大学ノートを立てかける。


 長男が、大将のレシピノートを貸してくれたのである。


 ギョウザ以外にも料理のレシピが書かれていた。

 タンシチューがあったから、デパートの食堂時代から愛用していたようである。


 餡は孝明が担当した。レシピ通りにニンニクとニラと刻む。

 ボールの中で挽肉と混ぜた。時々、塩コショウとしょう油、ショウガを足しながら。


 琴子は餡を皮に包む。




 窓の向こうでは、大将の住んでいたアパートが重機で取り壊されていた。

 老朽化ゆえの解体らしい。この区画も、大型商業施設が建設される予定だ。


 街が活性化する度に、だんだんと古い日常が消えていく。

 自然の摂理とは言え、やりきれない。



 ある程度ギョーザに火が通ったところで、水で溶いた片栗粉を流す。

 皿でフタをして、レシピ通り、孝明はフライパンをひっくり返した。


 見事な、羽根つきギョーザのできあがり。


「味は保障しねえぞ」

「分かってる。あたしたち素人だしね」


 皿をカウンター席に置いて、二人は客側の席に回った。

 カウンターに大将の写真を置く。


「じゃあ大将、いただきます」

「いただきます」



 手を合わせて、二人はギョーザに箸を伸ばす。



 羽根を崩すと、パリッといい音がした。



「おおーっ、羽根は、イイカンジだね」

 琴子が、期待に胸を膨らませている。


 ポン酢に付けて、一口。

 具を噛みしめると、ポン酢の味が口に染みこんだ。



「味がしねえ……」

「何か入れ忘れたっけ?」



 二人とも、苦々しい顔になる。



 大将のレシピ通りしていたはずだ。

 大将の作ったギョーザは、しっかりと味が調っていたのに。


「うまくねえよ」

「ホントだね」


 あまりの出来の悪さに、二人とも笑う。


 原因は、分かっていた。



 おいしかったのは、大将が作っていたからだろう。

 絶妙なコネ具合、野菜の切り方、火加減、あらゆる要素が、仕込みの段階で抜けているのである。


 まずいギョーザは、「もう、大将はいないのだ」と実感する、決定的な要因となってしまった。


「うまくねえよ、大将。あんたが教えてくれたのによぉ。うまくできねえ……」

「うううう……」

 笑いながら、二人は泣く。二人はすすり泣き、最後は大声で泣いた。いつまでも。


 最後の晩餐は、塩の味がした。


 大将の歴史が詰まったノートを、丁寧に片付ける。


 まずいギョウザを平らげた二人は、覚悟を決めた。




 必ず、ここに戻ってくると。

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