第79話 人の家のギョーザ、食べられるか問題

 後日、大将の店に寄って、ハヤシライスを二つもらう。


「あー、楽しかったぁ」

 ハヤシライスを食べながら、琴子が笑う。


「だな。なんか、スッキリした」

「タンシチューのまかないハヤシライス、食べそびれちゃったもんねー」



「でも、オレはクビだろうな。あの評論家ヤロウ、ムダに力があるし」

 孝明は頭を抱えた。


 いちライターを辞職に追い込むくらい、彼はしてくるはずだ。

 彼は怒ると、それくらいはする人間である。 


「その心配はねえよ」

 なぜか、事情を知っている風な口ぶりで、大将は語った。




「あのタンシチューな、俺が考案したんだ」




「え、マジか」

「本当だ。さっき評論家の入ってる芸能事務所から連絡があって、俺に謝罪するってよ。そいつも辞めさせるって」 


 孝明と琴子の二人がデートの最後に入った店こそ、大将こと米田友禅の運営していたレストラン、その系列だったのである。


 グルメライターでありながら、まったく知らなかった。


「あそこ、大将の店だったのか」

「そうだ。昔な、お年寄りが小学生の孫を連れて、うちに食いに来たんだ。スペアリブを噛めねえっていうから、タンシチューを出したんだよ」


 シチューだけだと腹は膨れないだろうと、大将がライスと一緒に出したのが始まりだという。


「それが受けに受けてよぉ。ただのまかないだったのに」


 今でもその孫は、店の常連なんだとか。

 もう立派な大人で、企業のトップに立っているらしい。


「その人が速攻で番組に、抗議の電話をしたんだってよ。『私と祖父との思い出が詰まった料理を貶すとは、何事か!』ってさ。女優さんが出てる映画のスポンサーだったらしい」


 悪いことをすると、必ず天は見ていると言うが、こんな偶然があるとは。


「女優さんにお礼を言って帰って行ったって、息子が言ってたよ」

「息子だって?」


「あのシェフな、俺の長男だ。礼を言っていたぜ。うまくあのいけ好かねえヤロウを追い払ってくれたってよ」


 珍しく、大将がニッと笑う。


 そういえば、このハヤシライスの味は、あの店の味によく似ている。

 凝った味付けではないが、ベースはどちらもしっかりと整っていた。


「迷惑掛けてすんませんって、今度謝りに行くよ」

「いいってことよ。じゃあ、ハヤシライスは俺のおごりだ」


「やったー」と、琴子は諸手を挙げて喜んだ。


「今度、リクエストに応えてやるよ。メニューにないものでも作るぜ」


 ありがたい話だ。


「何を食おうか?」

「ギョーザ! なんか中華を下品に食べたい!」


 先日、気を遣って食事していた反動か、ガッツリしたモノが欲しくなっていた。


「人の家のギョーザってクセがあるよね」


 妙に辛かったり、味付けがクドかったりする。


「大将が作るなら、問題ないだろ」

「だよね! おじさん、ギョーザが欲しいな」

 大将は、琴子のリクエストにうなずく。 


「分かった。明日また来いよ。作ってやる」

「ありがとう大将、ごちそうさま」

「おう、いつでも来てくれ」



 大将の笑みを手土産に、孝明たちは店を後にする。


 




 翌日の夕方、店の前には救急車が止まっていた。



 一人の男性が、こちらに会釈をしてくる。


 彼は、大将の長男だったか。


 反射的に、孝明たちも頭を下げる。


「父のお客様でしたか?」

「は、はい」


「最期まで、父の料理を楽しんでくれて、ありがとうございました」



 一瞬、何を言われたか分からなかった。思考が、事実に追いつかない。



「父が、米田 友膳ゆうぜんが亡くなりました」

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