第78話 どこで食うかより、誰と食うか問題

「好みは人それぞれだ。シチューにライスを足さねばならないってわけじゃない。でも、うまいって言っている人の前で、マズイというのはおかしくないか?」


 それでは、支持者まで侮辱することと同じだ。


「少なくとも、オレはうまいと思った。ここにいるお客さんも、この店の料理がおいしいから足を運んでるんだ。この味を待ってるんだ」


 美食が欲しいなら、よそでもいい。店の雰囲気が好きという人もいるだろう。

 好きな人と食べるなら、カップ麺でも大衆食堂だって構わない。 




「どれを食べるかじゃない。誰と食うかでしょ? オレはあんたとは食いたくないね」




「なんだと、エラそうに!」

 評論家が、口を拭いたフキンをテーブルに叩き付ける。


「周りを見てみな」


 テーブルに座る誰もが、評論家を遠ざけようとする視線を送っていた。



「ふん、せいぜいマズイ料理で楽しむんだな!」

 捨て台詞を吐き、この店に最も相応しくない客は去って行く。

 自分が拒絶されていることが分かったのだろう。


 あとは、客を落ち着かせるだけだが。

 いくらなんでも、目立ちすぎた。孝明は、顔を引きつらせる。


 おもむろに、実栗真琴が席を立つ。



「皆様、お騒がせ致しました。ごゆっくり、料理を楽しんでください」

 

 孝明が言うべき台詞を、真琴が引き受けてくれた。


 真琴の視線が、琴子に向けられる。

 戸惑っていた琴子の頬が、緩む。


「おい、あの子、かわいいな」

 カメラマンの一人が、琴子に気づいた。


「それにしても、実栗さんにそっくりだな?」

「実栗 真琴には隠し子がいるって、聞いたことがあるぞ」


 琴子にカメラを向けようと、クルーがザワつき出す。

 新しいネタに飢えたカメラマンたちが、琴子に照準を合わせようとする。

 今にも、琴子にフラッシュがたかれそうになった。


 二人が一番望んでいなかったことなのに。


 孝明は上着を掴む。

「コトコト、逃げるぞ」

 琴子の腕を引き、無理矢理立たせた。


「まだ食べ終わってないよ!」

「いいから。お邪魔しましたーっ!」


 本当は、母娘水入らずで一緒に食べさせてやりたい。

 だが、二人はそれができない環境にいる。


 今は去ろう。いつか二人が安心して食卓を囲めるその日まで。


「すんません。迷惑料は事務所に請求を」

 ウエイターの隣に立つシェフに、名刺を渡した。


「結構でございます。お気を付けて」と、シェフは言葉を返す。


 孝明はシェフに、「ありがとうございます」と告げた。すぐに、店を出ようとする。


「あの!」

 実栗真琴が立ち上がった。

「ありがとう」

 短く挨拶をして、琴子に微笑みかける。


 琴子の方も、笑顔で返した。


「さて、先生なしで取り直しちゃいましょう。がんばっちゃいますよー」

 ガッツポーズを取って実栗真琴は座り直す。


 大女優からの取り直し要求とあれば、カメラマンたちも従わざるを得ない。

 主役はあくまでも、番宣で来日している彼女なのだから。


 実栗真琴がウインクで、孝明たちを送り出す。

 そのスキに、逃げさせてもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る