第77話 シチューにごはんか合うか問題、再燃

「な、なんだね、キミ?」

 孝明は評論家の疑問を無視して、ウエイターに向けて指を一本立てた。


「シェフ、サフランライスを単品でください」


 ウエイターは困惑していたが、シェフは「かしこまりました」と、厨房へ。

 突然の出来事に、琴子も呆然という表情をしていた。


「何のつもりだ? 私に意見するつもりか?」

「まあ黙っててくださいよ」

「失礼だな君は!」


 いったい失礼なのはどっちだ、と言いたい気持ちをグッと堪える。

 今は、吠えさせていればいい。


 サフランライスが、評論家のテーブルに置かれた。


 スプーンでライスをすくい、孝明はタンシチューの中にチョンとつける。

 タンを少しだけ切って、ライスの上に載せた。


「食ってみろ」

「なんだと? こんなマズイシチューをまた食えだなんて」

「いいから食え!」


 タンシチューに浸かったライスを、評論家の口に放り込んだ。


「んぐ!」 

 評論家が、口を押さえる。孝明を睨んだ。


「どうよ、この組み合わせ」



「……!?」

 しばらく咀嚼していた評論家の目が、驚きで見開かれる。



「どうです? タンシチューがハヤシライスに早変わりだ。おいしいでしょ?」

 評論家の表情が、自信喪失気味に曇った。


 うまいのだろう。

 自分が罵ったシチューが、劇的に変化を遂げたのだから。


「確かに、シチューが飯に合う合わないはある。でもね、牛タン弁当があるんだ。タンが飯に合わない、なんてコトはないでしょーが」


 孝明の意見につられたのか、琴子が同じようにシチューをライスにかけた。


「ホントだ。おいしい! ホワイトソースもおいしいけど、ビーフシチューだとハヤシライスになるんだね」


 孝明が確認すると、琴子がサムズアップする。


「仮にも、あんたは美食家だ。これをマズイなんて言わないよな?」


 孝明が責め立てると、評論家は激高した。


「偶然だ! ライスを入れただけで、タンシチューがこんなにもまろやかに、こんなにもおいしくなるなんて! 新しいメニューに添えたらいいんだ!」




「はあ? これ賄いですよ? とっくに広まってるぜ」




 評論家の罵倒を、孝明は軽く論破した。

 トイレに行ったときに、店員がこれを食べていたのを見たのである。

 常連らしき客が、彼女に勧めている場面も。


「シェフ、店員も食ってるんだ。裏メニューでも出ているって聞きましたけど?」


「是非とも召し上がっていただきたく、すぐにでもお出しする予定でした」

 にこやかに、シェフは孝明の質問に答えた。


「だそうですが?」

 さらに孝明が詰め寄ると、評論家の顔が、青ざめていく。

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