第76話 評論家気取りがいると飯が不味くなる問題

「お知り合いですか?」

 不思議に思ったのか、料理評論家が真琴に尋ねる。


「あ、いえ。ご迷惑ではないかと」

 真琴は、すぐに仕事モードへ。


「大丈夫ですよ。いざとなったら追い出しますから」

 早速、評論家のマウントが飛んできた。


 彼はカメラが回っているときだけは紳士だが、裏ではふてぶてしい。

 だが、彼を怒らせて潰れた店は後を絶たない、との噂である。


 琴子も、不愉快さを露わにした。


「店を変えるか、コトコト?」

「いい。食べよっ」


 平静を保ちつつ、琴子はタンシチューにナイフを通す。


「親が日本に帰って来るって、知らなかったのか?」

「ウチは家族同士の様子なんて、いちいち詮索しないから」

「連絡くらい、よこしてくれてもよくないか?」


 琴子の身内を非難する形になったが、言わずにはいられない。

 あんまりだ。せっかく帰国したのに、何の報告もないなんて。


「いいの。これくらいのサプライズ、どうってことないし。向こうだって、あたしが男の人と一緒にごはん食べてて、ビックリしてるはず。おあいこなの」


 番組の収録が始まった。何のトラブルもなく進む。


 孝明たちも食べているタンシチューを、評論家も賞賛する。


「ちょっと手洗いに行く」

 

 ムードがおかしくなったので、気分転換に用を足しに行く。

 賄いを取っている調理スタッフを横目で見ながら、トイレへ。


 戻ると、収録が中断して休憩になっている。


 実栗真琴の食レポも、つつがなく終わった。


「おいしかったですねぇ」

 真琴の方は、タンシチューの味に満足しているらしい。


「そうかな? このタンシチューさぁ、クドくない?」

 評論家お得意の、毒舌が披露される。


「ワインもありきたりでさぁ。ホントに評判の店なのかな?」

 グラスを傾けながら、評論家はシェフに因縁を付けはじめた。


「だいたいさぁ、なんでタンシチューなんてはじめたの? 昔のメインは、スペアリブだったよね? あれの方がワインに合うんじゃないかな?」


 確かに、その通りである。

 若菜と取材した当時、タンシチューはなかった。

 濃厚で大胆な味付けで、孝明は新メニューをうまいと思ったが。


 しかし、評論家のお気に召さなかったらしい。


「わたくしが独自に、当店の看板料理として開発いたしました」


 笑顔を見せつつ、シェフは眉間に皺が寄っている。

 明らかに不快感が表に出そうになっていた。


 こんな現場を放っておく琴子ではない。

 ましてや、母親がおいしいといったシチューをコケにしたのだ。

 評論家を睨み、今にも食うって掛かろうとした。


「すいません、ちょっといいですか?」

 ならば、孝明が防波堤になるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る