第75話 高級すぎる店は料理の味が分からなくなる問題。
夜景の見えるレストランで、ディナーを楽しむ。
「ずっと昔に、姉貴とここを取材したことがあってな。シェフと顔見知りなんだよ」
彼は当時、まだ料理人見習いだったが。
「結構お高いんでしょ?」
通販のセリフのような言葉を、琴子が投げかけてくる。
「まあな。ちょっと奮発した」
すぐ予約が取れた店だから、リーズナブルな店とは思った。
が、それでも孝明からすると努力した方である。
「あたし、コメくんとだったらカップ麺でも平気だよ?」
ノンアルコールのシャンメリーで、琴子はノドを潤す。
「いいから食ってろよ。口に合うかどうか知らんが」
「おいしいよ。なに食べてるか分からないけど」
「ホントお前って、お嬢様らしくないよな?」
「あたしは庶民派で売ってるの」
孝明は、思わず吹き出してしまう。
「お金大丈夫?」
「もう払ってるよ。値段は気にせず食えって」
最近になって、ほとんどの飲食店は「事前にコース料理の代金を支払う仕組み」になっている。予期せぬ予約キャンセル対策だ。
入り口が、妙に騒がしい。
「申し訳ありません、アポなしで食レポという番組の企画でして、お客様のご迷惑になりませんから、撮影許可をいただけないでしょうか?」
どうも、タレントが店側に「撮影させてくれ」と交渉しているようだ。
「お客様、恐れ入りますが、これから店内を撮影なさりたいとのことです。構いませんでしょうか」
ひいきの店が評判になるのはいい。店内は、歓迎ムードに包まれていた。
ただ一人、琴子が伏し目がちになる。
「断ろうか?」
孝明が聞くと、琴子は黙って首を振った。
「あたしは平気だよ」
自分がカメラを追いだして、この雰囲気を壊したくないのだろう。
「こちらです。どうぞ」
シェフが、スタッフを通した。
カメラのクルーが、続々と店に入ってくる。
「いやいやいや、すいませんねー」
扇子で顔を仰ぎながら、太った男性が席に着く。
日本でも有名な、料理評論家だった。
孝明も一度、仕事を共にしたことがある。
「では実栗さん、こちらへ」
「失礼します」
女性の声に、琴子が反応した。
息を呑み、フォークを落とす。
評論家の向かいに、目もくらむような美しい女性が座る。
一瞬で孝明は分かった。この人が、琴子の母親なんだと。
「今日はよろしくお願いします」
「食レポなんて初めてなので、色々教えてくださいね」
琴子が、女優と視線を合わせる。ごく自然と会釈をした。
だが、内心は緊張で死にそうだろう。
一瞬驚いた顔をして、実栗真琴も会釈を返す。
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