第73話 グルメライターもしがらみが多い問題

「コメくんがいてくれたから、あたしは人間になれたんだよ。コメくんがあたしを『女優の娘』じゃなくて、一人のJKじゃなく、ただの実栗琴子として接してくれたから」


 人なつっこい性格なのに、閉鎖的な生活を余儀なくされたに違いない。

「女優の娘」として近づかれたことも多かったろう。

 彼女の言い方から察するに、そんな苦労が窺えた。


 ヒザに頬を置きながら、琴子は優しげな笑みを向けてくる。


「ありがとう、コメくん」

「感謝するのは、オレの方だよ」


 琴子が驚いたような顔になる。


「オレの両親も記者でな。昔から、人の裏ばかり探ってるから、せめて家庭内で秘密はやめようなって決めてたんだ。でも結局はウソついて、ケンカばっかりでさ」


 いつの間にか、人を心底から信用しないクセが付いていた。

 ジャーナリズムを活かせる仕事として、姉共々グルメライターを選んだ。

 ここなら誰も傷つけないと思って。

 しかし、そんな世界でも欺瞞や諍いは起きる。

 逃れられないのだ、と勝手に決めつけていた。


 でも、それを救ってくれたのが、琴子だ。


「お前が誰だろうと関係ない。好きになっちゃったなら、こいつとどこまでも行こうって、世間様から指を差されても、オレが壁になろうってな。お前と付き合うって腹をくくったときに決めた。それは、よかったと思ってるよ」


 慈悲深かった琴子の笑みが、朱に染まっていた。


「ありがとう、コトコト」


 ダーッと言いながら、琴子はビニールシートに大の字になる。


「あーもう終わり! こんな暗い話題なんか、さっさと終わらせたかったの!」


 琴子にならい、孝明もゆっくりとビニールシートに寝そべった。


「悪かった。もっとロマンチックなファーストキスにしたかっただろうに」

「だから、この話題は終わり。ロマンチックがやりたいなら、自分で考えて! 楽しみにしてるからね」

「はい」


 まったく。琴子には敵わない。


「大事なのは、幸せにできるかどうかじゃなくてさ、好きかどうかってコトじゃん。あたしはコメくんと一緒にいたい。それでいいよ」


 そうだった。そんな簡単な答えに、どうして今までたどり着けなかったのだろう。


 シートを畳んだ後、近くの動物園で餌やりをした。


 琴子が投げたリンゴの切れ端を、たやすくゾウは噛み砕く。


「あのゾウの食欲、コトコト並だぜ」

「あそこまで食い意地張ってませんーっ」


 何気ない一日でも楽しい。

 今は腹の底からそう思う。


 ひとしきり遊んだ後、孝明は再びオープンカーのキーを回す。


 

「今日はちょっと贅沢するぞ」

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