第72話 ファーストキスはなんの味か問題

「どうしちゃったの、コメくん?」

「だってさ、お前にはお前の生活あるワケじゃん」


 孝明は、琴子が一人ぼっちで、この世界に取り残されているんだろうと思っていた。

 交際を申し込んだのも、琴子を孤独にしないため、という気持ちもある。


「あたしって、そんなに寂しそうだった?」

「一人だろうな、とは」


 少なくとも、孤独を受け入れてる節はあった。


「でもさ、お前は一人じゃなかった」


 琴子は一人の人格で、ちゃんとした生活がある。


 学校を取材へ行ったとき、琴子がちゃんとやれていた。

 その姿を見て、孝明はこの先、琴子を幸せにできるのか、不安になってしまったのだ。


「コメくんは、ひとりぼっちの人じゃなかったら、好きになっちゃいけないって思っていたの?」

「話が逸れすぎだ」

「逸れてないよ。コメくんは寂しくて死んじゃいそうな子が好きなの? それってさ、好きって感情じゃなくて、庇護欲っていわない?」


 孝明は言葉を失う。


 ここまで怒っている琴子は、初めて見た。


 孝明は、琴子を下に見ているつもりはない。

 琴子だってきっと分かっている。


「コメくん、目をつぶって」

 まじめな顔を琴子が向けてきた。



「あたし、今からコメくんのこと、ぶちます」

 よほど腹が立ったのだろう。宣言した上で殴ると。



「分かった」と、孝明も受け入れる。





 しかし、飛び込んできたのは、柔らかい感触だった。





 首に腕を回され、ガッチリトーホールドされる。


 柔らかくて熱い衝撃が唇に当たり、甘い味が広がった。


「コト」

 話したくても、キスされた状態ではうまく口を動かせず。



 遊んでいた子どもたちですら手を止めて、こちらに視線を向けてくる。


 往来の場で口づけなんて、孝明にとっては殴られるより罰ゲームだった。



 ようやく琴子の唇が離れる。

 琴子は、熱が出たかのように頬が赤く染まっていた。



「お前、人前で」

「大人になったら、そういう方が恥ずかしいよね」

「それは、お前だって!」

「あたしは平気。コメくん好きだもん」

「だからって」


「だって好きなんだもん、しょうがないじゃん!」

 

 まるで叫びのように、琴子は声を張り上げる。



「あたしさ、イケない関係で産まれてきたじゃん。ずっと自分を責めてたんだ」


 ここにいてはいけない、息を潜めて生きていかなければ、と。


「でも、コメくん言ってくれたじゃん。『オレたちが出会ったのは、頑張ったからじゃないだろ?』って」

「ああ、言ったな」


「あたしさ、感謝してるんだ」

 自分を抱きしめるように、琴子は三角座りになる。


「人を好きになるって、こんな感じなんだー、って思えた。自然に好きになっていいんだな、あたしは誰かに好きだーって叫んでもいいんだ、って思えてさ」


 そんな頃から、琴子は孝明を慕ってくれていたのか。


 むしろ、臆病なのは孝明の方だったのだ。

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