第五章 再会と恋の始まりとJK

第70話 運転時、ガムはそっと渡して欲しい問題

「ホントに大丈夫なの?」

 琴子が心配そうな顔をしている。


「平気だ。オートマなら乗れるはずだ」

 慣れない仕草で、孝明はハンドルや計器類をチェックした。

 いつも運転するミニバンと、操作類は大差ない。


「全然大丈夫そうじゃないじゃん」

「乗ったことないタイプなんだよ」


 孝明がハンドルを握るのは、オープンカーだ。

 いつものミニバンは、若菜が取材で使っている。


 文化祭成功の祝いとして、孝明は休みをとって、琴子をドライブへと誘った。

 ショップで使い方をある程度まで教わり、アクセルを踏む。


「初めてだね、ドライブって」

「人はいつも乗せてるから、安心してくれ」

「それは任せてるよ」


 琴子はリラックスしているが、孝明は内心ビクビクしていた。


 いつもは身内やスタッフだが、他人を乗せている。

 

 しかも、大切な人を。

 

 独身の孝明にとって、異性と交際すること自体が初めてだ。

 慣れていかなければならない。


「こっちもリクエスト通りに、お弁当作ってきたよ」

 口で「じゃーん」といいながら、琴子はバスケットを見せびらかす。


「本当は夏に行きたかったんだけど、暑すぎたね」

「弁当が持たないな。今くらいがちょうどいいだろ」


 オープンカーは、案外目が乾かなくていい。

 こんなに心地よいのか。肌寒いのが難点だが。

 十一月とはいえ、まだ九月半ばの気温だ。歩くには心地よいはずである。


 トイレに寄ったコンビニで、ポテチを買った。

 均等に切られたポテチが筒に入っているタイプだ。

 会計の時に、孝明はミント味のガムも購入した。


 ふたたび発進。


「はい、あーん」

 琴子は筒を開けて、孝明にポテチを一枚食べさせようとする。


 顔をわずかに横へと向けて、孝明は手渡されたポテチをかじった。

 噛んだ感触が浅かったため、危うくポテチがシートへ床へ落ちそうになる。


 信号待ちを見計らって、琴子が無理矢理孝明のクチへとねじ込んだ。


「お前、ちゃんと渡せよな」

 口から出ているポテチを、孝明が手で押し込む。


「今度ガム行くよー」

 琴子が、ミントガムの包み紙を開けた。孝明の口へと近づけていく。


 だが、シートベルトが邪魔で孝明に届かない。


「コメくん、もうちょっとだけ顔を近づけて」

「無茶言うな。これ以上顔を向けたら前が見えん」


 前を見ているだけで、精一杯だ。


 信号が赤になる。

 停車した瞬間を狙って、孝明は琴子の手に向けて身を乗り出す。

 ようやく、ミント味が口に広がっていった。噛みながら、板状のガムをたぐり寄せる。


「さっきあたしの手を食べようとした!」

「そんなヘンタイじみたことするか!」


 ミント味のガムを噛みながら、孝明はため息をつく。

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