第69話 店舗シェアという生き方問題

 コンビニで時間を潰し、大将の営業する時間外に再度訪ねてみた。

 

 見知らぬ男女が、厨房に立っている。

 中央にいるのが、この店の主人らしい。

 孝明が食べに来る時間とは打って変わって、大盛況だ。

 店の主人も、客と楽しげに話している。


「こんばんは」

 女性店員に話しかけた。


「いらっしゃい」

「ここ、お酒出すんですね?」


「そうっスよ。何に致しましょう?」

 男前な口調で、女性店員はメニューを差し出す。


 大将の作る料理と大差がない。

 が、雰囲気は全く違った。焼き鳥の煙が立ちこめ、アルコールの香りが目立つ。


「オススメは?」

「ズリ、っスね。炙ったエンガワもうまいっスよ」


 いかにも酒のアテだ。渋い。


「お酒は召し上がりますか?」

「あ、いえ」


 今は腹が減っていない。摘まむ程度に、お茶と炙りエンガワをもらう。


「あのー。店主さんとお話しさせてもらっても」

「あいよ。アンタ!」


 店員が、主人を呼んだ。

 会話の内容からして、どうやら夫婦で切り盛りしているらしい。

 よく見ると、二人は薬指に同じ指輪をはめていた。


「ここの営業時間って?」

「夜の八時から、朝七時くらいですかね」

 大将と全く別の時間が流れていた。


 孝明は大将の名を出す。


「ああ。米田さんの方の常連さん?」

「そうです」


「いいですよね、米田さん。ぶっきらぼうだけど、温かみがあって」

 大将の話をするとき、主人はにこやかな顔になる。


「米田さんとボクらとで、ここをシェアしてるんですよ」

 主人は、にこやかに話す。


 大将は普段、すぐ向かいのアパートで暮らしているらしい。


「でもここは、米田さんのお店では?」

「ボクの店ですよ。ここは最初に、ボクがはじめたんですよ」


 ただ、夜型人間なので、昼はどうしても空いてしまう。

 そこで、誰かに貸すことを思いついたらしい。

 大将と交渉し、朝から夕方までは大将が、夜以降は彼が切り盛りしているらしい。


「変わった方でして、『従業員専門のお店を開きたい』とおっしゃっていて、なるべく安い物件を探していたと」


 蓄えはあるらしく、大将は売り上げを度外視していた。

 けれど、客を大事にする姿勢に惚れ込んで、是非にと。


「そんな話になっていたんですね?」

「家賃さえ入れば、誰でもよかったんです。でもね、米田さんの持つ時間の感覚って、独特だなと思いまして。任せたいと考えました。料理だって、いかにも『昭和!』って普通のメニューしか出さないんですよ? なのに、深みがある」


「分かります」


 グルメレポートを書く身としては、取材しづらい。

 しかし、忘れられて欲しくない味がそこにはあった。


「どちらかというと、米田さんが提供しているのは、場所なんですよね」


 店主曰く、この店も「常連同士がくつろげる場所」として提供しているのだという。


「場末のクラブみたいなもんですよ。ママがいて、ママと話すためだけにある場所みたいな」


 ここは、客同士の仲がよく、お互いに会うため、ここに来ている。

 単に、我々は場所を提供しているだけなのだと。


「お客さんだって、米田さんのお店が『いつもの待ち合わせ場所』なんですよね?」

「確かに、そうですね」


 ここに通えば、琴子に会える。

 最初こそ、ここはその程度の存在だった。


 交際を始めて、もうこの店に通う必要もない。


 なのに、こうして琴子とまた会っては、一緒に食事をしている。


 この店は、孝明にとってかけがえのない場所となっていたのだ。 


「でも大丈夫かね? ご家族がいらして、ちょっとモメてたみたいだけど」


「おい、よそ様のプライベートなことをしゃべるんじゃないよ」

 ふざけ半分で、主人が女性店員の肩をペチンと叩く。


「すいません」

「いえいえ、お構いなく」


 孝明はエンガワをかじった。

 大将の切り盛りする時間帯では、決して体験できない風味だ。酒飲みの好きそうな。

 どうして、この店が潰れないで生き残っているのか、少し分かった気がした。

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