第68話 飲食店経営に調理師免許はいらない問題

「ダンナの方は? 料理が苦手な女は嫌いか?」

「いや、別に。メシマズは簡便だが、最低限作れるならいい。オレも作るし」


「あんたはコダワリがないんだったな」

 何も言わなくても、大将はラッキョウのビンにトングを伸ばす。孝明の皿に数個のラッキョウを追加した。

 

 どうして、孝明がラッキョウを欲しがっていると分かったのか。



「ところでよ。お前ら、オレの店継ぐか? 食いっぱぐれそうならいつでも言えよ」



「ホント? あたし、行列ができるお店にできるかな?」


「いらねえよ行列なんて」

 洗った皿を拭きながら、大将は手をヒラヒラさせた。

 


「飯を食いに来たヤツらを並ばせるなんてな、一流の店にやらせておけばいいんだ。オレは別にいいんだよ。好きなときに食いに来てくれりゃあ」


 大将らしいポリシーだ。


「でもいいの? あたし、調理師免許なんて持ってないよ」

「調理師免許なんて、いらねえよ」



 飲食店を開業する際に必要な資格は、食品衛生責任者と防火管理者の二つだ。

 それを持っている人が、店に常駐していればいい。



「免許が必要なのは、給食センターとか、社員食堂あたりだな」

「そうだったんだ! それじゃあ、あたしもすぐにお店ができる?」

「ああ。学生でも取れる」


 場合によっては、未成年でも資格は取得できる。




「二万」




 琴子の期待を、孝明はブチ壊す。


「え?」



「講習代だよ。食品衛生責任者が一万円。防火管理者は七五〇〇円。振込手数料や発行代を含めたら、ざっと二万は飛ぶが」



「うう、けっこう掛かるんだね」


 講習さえ受ければ必ず取れるので、文句は言えない。


「ごちそうさま、またねコメくん」

 琴子が店を出た。


 孝明も会計を済ませようとしたのだが。


「アンタ、記者さんなんだな? フードライターだって」

 大将の口調には、若干の重みがある。




「ああ。まあな」

「俺の事を記事にするのかと思ったぜ」

「事情は、聞いてる」


 大将は昔、大きなレストランで働いていた。そのことを言っているのか。


「そうか。この店は、取材対象になりそうか?」

「どちらかというと、人に教えたくない店だな。ついでに言っておくが、ここは取材エリアじゃないから」

「そうか。だったらいいんだ」

「けど、気にはなってることがある」


 この店の営業時間は、朝七時半から十時と、昼の十四時から十九時になっている。

 その時間外に何をしているのか。

 ちょうど孝明が作業をしている時間帯なので、どうしてもチェックしに行けない。


「知りたいか?」

「できれば」



「八時半くらいに来てみれば、分かるよ」

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